て、駿河台《するがだい》の坂を徒歩《かち》で上って、午前四時キッカリにお茶の水のグリン・アパートに帰り着いた。
 このアパートは最新式の設備で、贅沢な暖房装置がある。出入りはむろん自由になっていた。それでも私は細心の注意をして、音を立ないように三階の一番奥の自分の室《へや》に忍び込んで、内部からソッと錠《じょう》を卸《おろ》した。
 室の中央のデスクには受話機を外した卓上電話器と、昨夜の十一時近くまで書いていた日曜附録の原稿が散らばっていた。点《つ》けっ放《ぱな》しの百|燭光《しょっこう》に照らされたインキの文字がまだ青々していた。その原稿の上に、内ポケットから取出した裸のままの[#「裸のままの」は底本では「裸のままので」]千円の札束を投げ出した。それから素裸体《すっぱだか》になって、外套や服はもとより、ワイシャツから猿股《さるまた》まで検査した。どこにも異状のないことをたしかめてから、モトの通りに着直した。少々寒かった。
 寝台の脚にかけたフランネルの布《きれ》で靴を磨き上げた。自動車のマットで念入りに、拭い上げておいたものではあったが……。
 室の隅の洗面器で音を立てないように手を
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