査がグングン進捗《しんちょく》し始めたのは重ね重ねの不思議であった。
私は彼女が、わざわざ遠方から大久保の自邸に呼び寄せているタキシーの番号を一々ノートに控えた。その番号から運転手の名前を探り出して、鼻薬を使いながら未亡人の行先を尋ねてみると、私の着眼が一々的中している事が裏書きされて来た。……のみならず、まだ私の知らない、意外な処に在るスキャンダルの坩堝《るつぼ》までも発見する事が出来た。そんな場所は、普通の記者や探偵の眼が届かない高い、奥深い処に隠れているのであったが、そんな方面の秘密に手蔓の多い私にとっては、かえって便利であったばかりでなく、そんな坩堝の中で彼女と熔け合いに来る紳士たちは皆、別に探索する必要を認めないくらい、世間に知れ渡っている顔である事を発見した。
馬鹿馬鹿しい話であるが、私は今更のように東京の広さに呆れさせられた。
そこで私は潮時を見計らって南堂家に出入りしているタッタ一人の家政婦の自宅を突き止めた。膝詰めで買収にかかってみた。
その家政婦の自宅と名前は可哀相な筋合いがあるからここには書かないが、××戦争で死んだ勇士の未亡人であったことは間違いない。その癖に、気の弱い中婆さんで、一人娘の嫁入り先に迷惑をかけたくなかったから……とか何とか涙まじりにクドクドと云い訳をしながら、大久保の自邸に於ける未亡人の乱行と、その時刻と、それから相手を女装して、連れ込むその奇抜巧妙を極めた方法とを、相手の種類と名前がアラカタ見当が付く程度にまで詳細にわたって白状したのは私にとっての大収穫であった。
しかし、まだ何かしら重大な秘密を隠しているらしい恐怖心が、その態度や口ぶりに見え透《す》いていたので、モウ一度その自宅を訪問してネタをタタキ上げるべく心構えをしていると、意外にもその家政婦が突然に行方を晦《くら》ましてしまった。キチンと家賃の払いを済ましてどこかへ引越したものらしく、大久保の南堂家へもパッタリと出入りしなくなった。その代りに若い無邪気な小娘が、やはり昼間だけ通勤で南堂家へ通うようになった。
これは、たしかに私の不注意であった。重要な手がかりを探す手がかりが全く絶えた。せめてその一人娘の嫁入り先だけでも聞いておくところであったが……。
しかし一方に伯爵未亡人が案外に手剛《てごわ》いらしいのにも驚いた。これはモウすこし様子を見てシッカリしたところを押えてから火蓋を切った方が有効、かつ安全と思ったので、それから暫くのあいだ躊躇するともなく躊躇していた。
ところが、この家政婦の行方不明をキッカケにして、忘れかけていた煙突問題が、又もや、生き生きと私の頭に蘇って来たから不思議であった。
それは私の第六感というものよりもモット鋭敏な或る神経の判断作用らしく感ぜられた。むろんあの煙突が伯爵の死後に起工されたことも、こうした判断を有力に裏書しているにはいたが……。
しかしこの秘密を具体的に探り出すのはナカナカ容易な仕事でないことが最初からわかり切っていた。探りを入れるにしても大凡《おおよそ》の見当を付けてからの事にしなければならないと考えたが、そのアラカタの見当が、なかなか付かなかった。
伯爵家の不動産が担保に這入りかけているという事実を、意外な方面からチラリと聞き出したのは、その頃の事であった。
その話を聞かしてくれたのはC国公使のグラクス君であったが、そう聞いた瞬間に、これは棄てておけないぞ……と私は思った。マゴマゴしているうちに粕《かす》を絞らせられるような事になっては堪らぬと気が付いたので、すぐに一通の偽筆、匿名の手紙を書いて、面会の時日を東都日報、中央夕刊の二つに広告しろと云ってやったら、その翌る朝、まだアパートで寝ているうちに、東都日報から……という電話がかかった。
私は慌てて飛び起きて受話器を取上げた。……又事件か……と思って、本能的にイヤな顔をしながら……。
「……オーイ……何だア……」
「……あの……お手紙ありがとう御座いました。今夜の十二時半キッカリに自宅の裏門でお眼にかかりましょう。おわかりになりまして……今夜の十二時半……わたくしの家《うち》の裏門……」
という未亡人自身の声がした。そうしてソレッキリ切れてしまった。
私は身内が引締まるのを感じた。
相手は何もかも知っているのだ。……ことによると明日《あした》が私の休み日になっている事までも知っているかも知れない。
そう思い思い私は充分の準備と警戒をしてコッソリとアパートを出た。
……何糞《なにくそ》……と冷笑しながら……。
指定された通りに裏門の潜《くぐ》り戸から這入ると、そこいらのベンチに待っていたらしい訪問着姿の未亡人が出迎えた。無言のままシッカリと私の手を握ったので又も緊張させられた。私が時間にキチョウ
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