士方の裏面を御研究になったのですからね。もっとも貴女が研究の対象としてお選びになった方々の全部は、そうした紳士道を心得ている外国人や、秘密行動に慣れた貴顕紳士に限られておりましたので、そんな御研究の内容が今日まで一度も外へ洩れなかった訳ですがね……実は貴女の御聡明に敬服しているのですが」
「ホホホホ。貴方の仰言《おっしゃ》る資本主義末期の女でしょうよ。……ですけど……よくお調べになりましたのね」
 私は相手が意外に早く兜を脱いでくれたので内心ホッとさせられた。同時に、こうした仕事に対する私の「顔」の効果《ききめ》を自認しない訳には行かなかった。
「……僕は……その末期資本主義社会の寄生虫ですからね」
「……まあ……でも、お話と仰言るのは、それだけでしょうか」
「……モット買って頂けるでしょうか」
「……ええ……なにほどでも……チビリチビリだとかえって御面倒じゃないでしょうか」
「……御尤《ごもっとも》です……では全部纏めまして、おいくら位……」
「貴方の新聞をやめて頂くぐらい……」
「ハハハ。御存じでしたか。それじゃ、すこしお負けしておきましょう。ええと……只今二百五十七号を二千部ほど刷っているところですから、全部、買収して頂くとなれば一万ぐらいお願いしなければならないのです。私としては毎月二百円位の収入がなくなる訳ですからね。しかし何もかも御存じの事ですから、ズットお負けしまして半額の五千円ぐらいでは如何でしょうか」
「それでおよろしいですの」
「結構です」
 未亡人は卓子《テーブル》の下からハンドバックを取出して札《さつ》を勘定し始めた。それを見ながら私は腹案を立てていた。新しい名前で第一号から新聞を発行するには千円もあれば沢山だ。今度は学芸新聞を創刊してインチキ病院や、インチキ興行をイジメてやるかな……それとも全然|河岸《かし》を換えて最新式の安アパートでも初めながら、原稿生活を続けてやろうかナ……なぞと……。
 そのうちに未亡人は札を数え終った。
「……あの……六千二百円ばかり御座います。ハシタが附きまして失礼ですけど、用意しておいたのですから……」
「……それは……多過ぎます……」
「イイエ。あの失礼ですけど、わたくしの寸志で御座いますから……」
「ありがとう存じます。お約束は固く守ります」
 私は思わず頭を下げさせられた。今更に伯爵未亡人の名声が高大な理
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