たところを押えてから火蓋を切った方が有効、かつ安全と思ったので、それから暫くのあいだ躊躇するともなく躊躇していた。
ところが、この家政婦の行方不明をキッカケにして、忘れかけていた煙突問題が、又もや、生き生きと私の頭に蘇って来たから不思議であった。
それは私の第六感というものよりもモット鋭敏な或る神経の判断作用らしく感ぜられた。むろんあの煙突が伯爵の死後に起工されたことも、こうした判断を有力に裏書しているにはいたが……。
しかしこの秘密を具体的に探り出すのはナカナカ容易な仕事でないことが最初からわかり切っていた。探りを入れるにしても大凡《おおよそ》の見当を付けてからの事にしなければならないと考えたが、そのアラカタの見当が、なかなか付かなかった。
伯爵家の不動産が担保に這入りかけているという事実を、意外な方面からチラリと聞き出したのは、その頃の事であった。
その話を聞かしてくれたのはC国公使のグラクス君であったが、そう聞いた瞬間に、これは棄てておけないぞ……と私は思った。マゴマゴしているうちに粕《かす》を絞らせられるような事になっては堪らぬと気が付いたので、すぐに一通の偽筆、匿名の手紙を書いて、面会の時日を東都日報、中央夕刊の二つに広告しろと云ってやったら、その翌る朝、まだアパートで寝ているうちに、東都日報から……という電話がかかった。
私は慌てて飛び起きて受話器を取上げた。……又事件か……と思って、本能的にイヤな顔をしながら……。
「……オーイ……何だア……」
「……あの……お手紙ありがとう御座いました。今夜の十二時半キッカリに自宅の裏門でお眼にかかりましょう。おわかりになりまして……今夜の十二時半……わたくしの家《うち》の裏門……」
という未亡人自身の声がした。そうしてソレッキリ切れてしまった。
私は身内が引締まるのを感じた。
相手は何もかも知っているのだ。……ことによると明日《あした》が私の休み日になっている事までも知っているかも知れない。
そう思い思い私は充分の準備と警戒をしてコッソリとアパートを出た。
……何糞《なにくそ》……と冷笑しながら……。
指定された通りに裏門の潜《くぐ》り戸から這入ると、そこいらのベンチに待っていたらしい訪問着姿の未亡人が出迎えた。無言のままシッカリと私の手を握ったので又も緊張させられた。私が時間にキチョウ
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