りした事実も未《いま》だ曾《かつ》て発見されなかった。……にも拘わらず石炭を焚《た》く以外には必要のなさそうな赤煉瓦の煙突を、何のために取付けたものであろう。ストーブの火気抜《いきぬき》ならば立派な化粧煉瓦と対《つい》のものが、玄関に向って右手の室《へや》の壁にチャント附いている。又、普通の意味の通気筒ならばモット手軽い、品のいい、理想的のものがイクラでも在る。台所も電気と瓦斯だけで片付けているに違いないのに、何の目的でコンナ殺風景なものをオッ立てたのであろう……なぞと考えれば考える程、私は不思議でたまらなくなって来た。一度室内に忍び込んで、様子を見てやろうか……と思った事も、何度あるかわからなかった。
ところが又、そのうちに一年も経ってその煙突に火の気《け》が通らない証拠に、何とかいう葉の大きい蔓草《つるくさ》が、根元の方からグングン這い登り始めた。その蔓草は麹町《こうじまち》区内のC国公使館の壁を包んでいるのと同じ外国種の見事なものであったが、生長が馬鹿に早いらしく、二《ふた》夏ばかり過すうちに絶頂の避雷針の処まで捲き上げてしまって、房々と垂れ下る位になった。すると又それに連れて図書館の外側の手入れが不充分になったらしく、スレート屋根の上にタンポポだのペンペン草だのがチラチラと生《は》え始めた。緑色の鉄のブラインドには赤錆《あかさび》が吹き始めた。それにつれて煙突を登り詰めた蔓草が今度は横に手を伸ばしはじめて、二年も経つうちには殆んど図書館の半分以上を包んでしまった。その上にお庭の立木にも植木屋の手が這入《はい》らなくなったらしい。枯れ枝がブラ下ったり、杉の木が傾いたりして、だんだんと廃墟じみた感じをあらわし始めた。
今まで不調和であった煙突が、今度は正反対に建物や立木とよくうつり合って来た。一種のエキゾチックな風趣をさえあらわすようになって来た。恰《あたか》も、その主人公の心理状態のあるものを自然に象徴しているかのように……。
そんな光景を見過して来るうちに私は、いつの間にか煙突の不思議を忘れてしまっていた。煙の出ないのが当然の事のように思い込んでしまって煙突とは全然無関係としか思えない、ほかのネタを探ることばかりに没頭していた。……思えばこれも不思議な心理作用ではあったが……。
しかも私の頭が一旦、煙突の問題を離れると、彼女の裏面の秘密に関する私の調
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