蒙った。柿なんぞ田舎で喰いつけているので珍しくも何ともなかった。後から聞いてみたら、愛想にも一片抓まないと主人と頼うだ御方に恥を掻かせる意味になるものだという。そんな事とは夢にもこっちは知らないのだから仕方がない。早く聞いておれば何の干柿の五つや十ぐらいと思ったがモウ追付かない。
 主人翁に見送られて門を出て自動車に乗ると、さすがに主人翁の言い知れぬ平民的な好意ぶりに感謝する気になった。ほかの華族や富豪を訪問する時のような物々しい圧迫感を毛頭受けなかった処に感心して、何となくお茶の湯を習う必要を感じている処へ、頼うだお方が筆者を振り返って言った。
「お前が心得がなさそうなので、薄茶を所望したのだ。濃茶となると一つのお茶碗を三人で飲みまわすのだから、末席に坐っているお前がすっかり後始末の作法をしなければならぬ事になるのだ」
 筆者はスゴスゴと頭を下げた。
「どうも……済みません」



底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「文芸通信」
   1935(昭和10)年4月
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