お茶の湯満腹談
夢野久作
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)咫尺《しせき》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)全然|嗜《たしな》みの
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久し振りに上京すると感心する事ばかりである。音のないゴーストップに面喰らい、自動車の安いのに感心し、警視庁の親切なのに恐れ入るなぞ、枚挙に暇あらず。少々痛め付けられ気味で、故郷へ帰りかけている処へ、或る人のステッキ・ボーイとなって相州小田原、板橋の益田孝男爵のお宅を訪問する事になった。
益田男爵と言えば人も知る三井の大久保彦左衛門で、兼、日本一の茶人である。名ある財界の大立物は勿論の事、相当有名な茶の湯の大家でも容易に咫尺《しせき》する事が出来ない。もし一度でも翁の家の縁側に上る事が出来たら一代の名誉になろうと言う。そこへ金と言い、お茶の湯と言い、全然|嗜《たしな》みのない本来無一物が、偶然中の偶然とも言うべき機会から、何も知らずに参室したのだから、一代の光栄どころでない。タッタ一時間ばかりの間に一代の恥辱を掻き上げてしまったらしい。
全く「らしい」と思うだけである。実際は自分でもどうだったか
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