いなか、の、じけん
夢野久作
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)巡査《おまわり》さんが
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)白米を四|俵《ひょう》盗んで行った
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》られて
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大きな手がかり
村長さんの処の米倉から、白米を四|俵《ひょう》盗んで行ったものがある。
あくる朝早く駐在の巡査《おまわり》さんが来て調べたら、俵《たわら》を積んで行ったらしい車の輪のあとが、雨あがりの土にハッキリついていた。そのあとをつけて行くと、町へ出る途中の、とある村|外《はず》れの一軒屋の軒下に、その米俵を積んだ車が置いてあって、その横の縁台の上に、頬冠《ほおかぶ》りをした男が大の字になって、グウグウとイビキをかいていた。引っ捕えてみるとそれは、その界隈で持てあまし者の博奕打《ばくちう》ちであった。
博奕打ちは盗んだ米を町へ売りに行く途中、久し振りに身体《からだ》を使ってクタビレたので、チョットのつもりで休んだのが、思わず寝過ごしたのであった。
腰縄を打たれたまま車を引っぱってゆく男の、うしろ姿を見送った人々は、ため息して云った。
「わるい事は出来んなあ」
按摩《あんま》の昼火事
五十ばかりになって一人|住居《ずまい》をしている後家《ごけ》さんが、ひる過ぎに近所まで用足しに行って帰って来ると、開け放しにしておいた自分の家《うち》の座敷のまん中に、知り合いの按摩《あんま》がラムプの石油を撒《ま》いて火を放《つ》けながら、煙に噎《む》せて逃げ迷っている……と思う間もなく床柱に行き当って引っくり返ってしまった。
後家さんは、めんくらった。
「按摩さんが火事火事」
と大声をあげて村中を走りまわったので、忽《たちま》ち人が寄って来て、大事に到らずに火を消し止めた。気絶した按摩は担《かつ》ぎ出されて、水をぶっかけられるとすぐに蘇生したので、あとから駈けつけた駐在巡査に引渡された。
大勢に取り捲かれて、巡査の前の地べたに坐った按摩は、水洟《みずばな》をこすりこすりこう申し立てた。
「まったくの出来心で御座います。声をかけてみたところが留守だとわかりましたので……」
「それからどうしたか」
と巡査は鉛筆を嘗《な》めながら尋ねた。皆はシンとなった。
「それで台所から忍び込みますと、ラムプを探り当てましたので、その石油を撒いて火をつけましたが、思いがけなく、うしろの方からも火が燃え出して熱くなりましたので、うろたえまして……雨戸は閉まっておりますし、出口の方角はわからず……」
きいていた連中がゲラゲラ笑い出したので、按摩は不平らしく白い眼を剥《む》いて睨みまわした。巡査も吹き出しそうになりながら、ヤケに鉛筆を舐《な》めまわした。
「よしよし。わかっとるわかっとる。ところで、どういうわけで火を放《つ》けたんか」
「ヘエ。それはあの後家めが」
と按摩は又、そこいらを睨みまわしつつ、土の上で一膝進めた。
「あの後家めが、私に肩を揉《も》ませるたんびに、変なことを云いかけるので御座います。そうしてイザとなると手ひどく振りますので、その返報に……」
「イイエ、違います。まるでウラハラです……」
と群集のうしろから後家さんが叫び出した。
みんなドッと吹き出した。巡査も思わず吹き出した。しまいには按摩までが一緒に腹を抱えた。
その時にやっと後家さんは、云い損ないに気が付いたらしく、生娘《きむすめ》のように真赤になったが、やがて袖に顔を当てるとワーッと泣き出した。
夫婦の虚空蔵《こくうぞう》
「あの夫婦は虚空蔵さまの生れがわり……」
という子守娘の話を、新任の若い駐在巡査がきいて、
「それは何という意味か」
と問い訊《ただ》してみたら、
「生んだ子をみんな売りこかして、うまいものを喰うて酒を飲まっしゃるから、コクウゾウサマ……」
と答えた。巡査はその通り手帳につけた。それからその百姓の家《うち》に行って取り調べると、五十ばかりの夫婦が二人とも口を揃えて、
「ハイ。みんな美しい着物を着せてくれる人の処へ行きたいと申しますので……」
と済まし返っている。
「フーム。それならば売った時の子供の年齢は……」
「ハイ。姉が十四の年で、妹が九つの年。それから男の子を見世物師に売ったのが五つの年で……。ヘエ。証文がどこぞに御座いましたが……間違いは御座いません。ついこの間のことで御座いますから。ヘエ……」
巡査はこの夫婦が馬鹿ではないかと疑い初めた。しかも、なおよく気をつけてみると、今一人の子供が女房の腹の中に居るようす……。
巡査は変な気持ちになって帳面を仕舞《しま》いながら、
「フーム。まだほかに子供は無いか」
と尋ねると、夫婦は忽ち真青になってひれ俯した。
「実は四人ほど堕胎《おろ》しましたので……喰うに困りまして……どうぞ御勘弁を――」
巡査は驚いて又帳面を引き出した。
「ウーム不都合じゃないか。何故そんな勿体ないことをする」
というと、青くなっていた亭主が、今度はニタニタ笑い出した。
「ヘヘヘヘヘヘ。それほどでも御座いません。酒さえ飲めばいくらでも出来ますので……」
巡査は気味がわるくなって逃げるようにこの家《うち》を飛び出した。
「この事を本署に報告しましたら古参の巡査から笑われましたヨ。何でも堕胎罪で二度ほど処刑されている評判の夫婦だそうです。二人とも揃って低能らしいので、誰も相手にしなくなっていたのだそうです」
と、その巡査の話。
汽車の実力試験
「この石を線路に置いたら、汽車が引っくり返るか返らないか」
「馬鹿な……それ位の石はハネ飛ばして行くにきまっとる」
「インニャ……引き割って行くじゃろうて……」
「論より証拠やってみい」
「よし来た」
間もなく来かかった列車は、轟然《ごうぜん》たる音響と共に、その石を粉砕して停車した。見物していた三人の青年は驚いて逃げ出した。
あくる朝三人が、村の床屋で落ち合ってこんな話をした。
「昨日《きのう》は恐ろしかったな。あんまり大きな音がしたもんで、おらあ引っくり返ったかと思うたぞ」
「ナアニ。機関車は全部鉄造りじゃけにな。あんげな石ぐらい屁《へ》でもなかろ」
「しかし、引き砕いてから停まったのは何故じゃろか。車の歯でも欠けたと思ったんかな」
「ナアニ。人を轢《ひ》いたと思ったんじゃろ」
こうした話を、頭を刈らせながらきいていた一人の男は、列車妨害の犯人捜索に来ていた刑事だったので、すぐに三人を本署へ引っぱって行った。
その中の一人は署長の前でふるえながらこう白状した。
「三人の中で石を置いたのは私で御座います。けれどもはね飛ばしてゆくとばかり思うておりましたので……罪は一番軽いので……」
と云い終らぬうちに巡査から横面《よこつら》を喰《くら》わせられた。
三人は同罪になった。
スットントン
漁師の一人娘で生れつきの盲目《めくら》が居た。色白の丸ポチャで、三味線なら何でも弾《ひ》くのが自慢だったので、方々の寄り合い事に、芸者代りに雇われて重宝がられていた。
ある時、近くの村の青年の寄り合いに雇われたが、案内に来た青年は馬方《うまかた》で、馬力《ばりき》の荷物のうしろの方に空所《あき》を作って、そこに座布団を敷いて、三味線と、下駄を抱えた女を乗せると、最新流行のスットントン節を唄いながら、白昼の国道を引いて行った。
ところがその馬力が、正午《ひる》過ぎに村へ帰りつくと、荷物のうしろには座布団だけしか残っていないことが発見されたので、忽ち大騒ぎになった。
「途中の松原で畜生が小便した時までは、たしかに女が坐っておった」
という馬方の言葉をたよりに、村中総出でそこいらの沿道を探しまわったが、それらしい影も無い。村長や、区長や、校長先生や巡査が青年会場に集まって、いろいろに首をひねったけれども、第一、居なくなった原因からしてわからなかった。
結局、娘の親たちへ知らせなければなるまい……というので、とりあえず青年会員が二人、娘のうちへ自転車を乗りつけると、晴れ着をホコリダラケにしたその娘が、おやじに引き据えられて、泣きながら打《ぶ》たれている。
二人の青年は顔を見合わせたが、ともかくも飛び込んで押し止めて、
「これはどうした訳ですか」
と尋ねると、おやじは面目なさそうに頭を掻いた。
「ナアニ。こいつがこの頃|流行《はや》るスットントンという歌を知らんちうて逃げて帰って来たもんですけに……どうも申訳ありませんで……」
二人の青年はいよいよ訳がわからなくなった。そこで、なおよく事情をきいてみると、最前女を馬力に乗せて引いて行った青年が、途中でスットントン節をくり返しくり返し唄った。それは娘に初耳であったので、先方《さき》で弾かせられては大変と思って、一生懸命に耳を澄ましたが、あいにくその青年が調子外れ(音痴)だったので、歌の節が一々変テコに脱線して、本当の事がよくわからない。これではとても記憶《おぼ》えられぬと思うと、女心のせつなさに、下駄と三味線を両手に持って、死ぬる思いで馬力から飛び降りて逃げ帰ったものと知れた。
青年の一人はこの話をきくと非常に感心したらしく、勢い込んで云った。
「実に立派な心がけです。しかし心配することはない。私たちと一緒に来なさい。これから夜通しがかりで青年会をやり直します。歌は途中で私が唄ってきかせます」
花嫁の舌喰い
一部落|挙《こぞ》って、不動様を信心していた。
その中で、夫婦と子供三人の一家が夕食の最中に、主人が箸《はし》をガラリと投げ出して、
「タッタ今おれに不動様が乗り移った」
と云いつつ凄い顔をして坐り直した。お神《かみ》さんは慌てて畳の上にひれ伏した。ビックリして泣き出した三人の子供も、叱りつけて拝ました。
この噂《うわさ》が伝わると、そこいらじゅうの信心家が、あとからあとから押しかけて来て「お不動様」の御利益《ごりやく》にあずかろうとしたので、家の中は夜通し寝ることも出来ないようになった。
そのまん中に、木綿の紋付き羽織を引っかけた不動様が坐って、恐ろしい顔で睨みまわしていたが、やがて、うしろの方に坐っている、紅化粧した別嬪《べっぴん》をさし招いた。その女は二三日前近所へ嫁入って来たものであった。
「もそっと前へ出ろ。出て来ぬと金縛りに合わせるぞ。ズッと私の前に来い。怖がる事はない。罪を浄めてやるのだ。サアよいか。お前は前の生《しょう》に恐ろしい罪を重ねている。その罪を浄めてやるから舌を出せ。もそっと出せ。出さぬと金縛りだぞ……そうだそうだ……」
こう云いつつその舌に顔をさし寄せて、ジッと睨んでいた不動様は、不意にパクリとその舌を頬張ると、ズルリズルリとシャブリ初めた。
女は衆人環視の中で舌をさし出したまま、眼を閉じてブルブルふるえていた。すると不動様は何と思ったか突然に、その舌を根元からプッツリと噛み切って、グルグルと嚥《の》み込んでしまった。
女は悶絶したまま息が絶えた。
あとで町から医者や役人が来て取調べた結果、不動様の脳髄がずっと前から梅毒に犯されていることがわかった。
この事実がわかると、その村の不動様信心がその後パッタリと止んだ。不動様を信仰すると梅毒になるというので……。
感違いの感違い
駐在巡査が夜ふけて線路の下の国道を通りかかると、頬冠《ほおかぶ》りをした大男が、ガードの上をスタスタと渡って行く。何者だろう……とフト立ち停まると、その男が一生懸命に逃げ出したので、巡査も一生懸命に追跡を初めた。
やがてその男が村の中の、とある物置へ逃げ込んだので、すぐに踏み込んで引きずり出してみると、それは村一番の正直者で、自分の家の物置に逃げ込んだものであることが
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