しかったが、やがて髭《ひげ》をひねりひねり亭主をかえりみた。
「子供を棄てる奴が湯に這入って帰るチウは可笑《おか》しいじゃないか。ア――ン」
「ヘエ。……でも十銭置いてありますので……」
「フ――ン。釣銭は遣らなかっタンカ」
「ヘエ。いつ頃這入ったやら気が付きませんじゃったので……」
「迂濶《うかつ》じゃナアお前は……。罰を喰うぞ気を付けんと……」
「ヘエ。どうも……これから心掛けます」
「つまり湯に這入るふりをして棄てたんじゃナ」
「ヘエ……じゃけんど、ヒョットしたら落《おと》いて行ったもんじゃ御座いませんでしょか」
「馬鹿な……吾《わ》が児《こ》を落す奴があるか」
その時に男湯の入口がガラリと開《あ》いて、百姓姿の男が一人駈け込んで来た。そうして何か戸惑いでもしたように、誰も居ない男湯の板の間を見まわしながらキョロキョロしていたが、そのうちにヤット気付いたらしく、女湯の入口にまわると、泥足のまま巡査を突き退《の》けて、ハヤテのように板の間に駈け上った。……と思うと、そのあとから又二三人、野良姿の男がドカドカと這入って来た。
「居ったカッ」
「居ったッ」
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いなか、の、じけ
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