も居ない番台の上に十銭玉を一つ投げ出して板の間に上った。眼を醒《さ》ましかけた子供に乳を飲まして寝かしつけて、ネンネコ袢纏《ばんてん》に包んで、隅ッ子の衣類《きもの》棚の下に置いて、活動のビラを見まわったりしながら、お千代と一所《いっしょ》に湯に這入ったが、ちょうど人の来ない時分で、お湯が生温《なまぬる》かったので、二人はいい気持になって、お湯の中でコクリコクリと居ねむりを初めた。
 そのうちに一かたげ[#「かたげ」に傍点]眠ったお米はクサメを二ツ三ツして眼を醒ましたが、高い天窓越しに、薄暗く曇って来た空を見ると、慌てて子守のお千代を揺り起した。
「チョット。妾《あたし》は洗濯物をば取り込まにゃならぬ。一足先に帰るけに、お前はあとから帰って来なさいよ。湯銭《ゆせん》は払うてあるけに……」
 お千代は濡れた手で眼をコスリながらうなずいた。お米はソソクサと身体《からだ》を拭いて着物を着て、濡れた髪を掻き上げ掻き上げ出て行った。
 それからお千代は又コクリコクリと居ねむりを初めたが、そのうちに鼻から湯を吸い込んで噎《む》せ返っているうちにスッカリ眼が醒めてしまったので、ヤット湯から上って、ま
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