しまった。
「お八重が子供を生みかけて死んでいる」という通知が、村長と、区長と、駐在巡査の家《うち》へ同時に来たのは、それから二三日経っての事であった。それは鎮守の森一パイに蝉の声の大波が打ち初めた朝の間《ま》の事であったが、その森蔭の廃屋へ馳けつけた人は皆、お八重の姿が別人のように変っていたのに驚いた。誰も喰い物を与えなかったせいか、美しかった肉付きがスッカリ落ちこけて、骸骨のようになって仰臥《ぎょうが》していたが、死んだ赤子の片足を半分ばかり生み出したまま、苦悶しいしい絶息したらしく、両手の爪をボロ畳に掘り立てて、全身を反《そ》り橋のように硬直させていた。その中《うち》でも取りわけて恐ろしかったのは、蓬々《ぼうぼう》と乱れかかった髪毛《かみのけ》の中から、真白くクワッと見開いていた両眼であったという。
「お八重の婿どん誰かいナア
 阿呆鴉《あほうがらす》か梟《ふくろ》かア
 お宮の森のくら闇で
 ホ――イホ――イと啼《な》いている。
 ホイ、ホイ、ホ――イヨ――」
 という子守唄が今でもそこいらの村々で唄われている。

     赤玉

「ナニ……兼吉《かねきち》が貴様を毒殺しよう
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