しばかりの駄菓子とラムネ。渋茶を煮出した真黒な土瓶。剥げた八寸膳の上に薄汚ない茶碗が七ツ八ツ……それでも夏は海から吹き通しだし、冬の日向きがよかったので、街道通いの行商人なぞがスッカリ狃染《なじみ》になっていた。
 主人公の婆さんは三十いくつかの年に罹《かか》った熱病以来、腰が抜けて立《た》ち居《い》が不自由になると、生れて間もない娘を置き去りにして亭主が逃げてしまったので、田畠を売り払ってここで茶店を開いた。その娘がまたなかなかの別嬪《べっぴん》の利発もので、十九の春に、村一番の働き者の電工夫を婿養子に取ったが、今は夫婦とも東京の会社につとめて月給を貰っているとか。
「その娘夫婦が東京に孫を見に来い見に来いと云いますけれども、まあなるたけ若い者の足手まといになるまいと思うて、この通りどうやらこうやらしております。自分の身のまわりの事ぐらいは足腰が立ちますので……娘夫婦もこの頃はワタシに負けて、その中《うち》に孫を見せに帰って来ると云うておりますが……」
 と云いながら婆さんは、青白い頬をヒクツカせて、さも得意そうにニヤリとするのであった。
「……フフン。それでも独りで淋しかろ……」

前へ 次へ
全88ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング