だが、この鼓がうちにあったから出して打って見たんだけど、どうしても音《ね》が出ない。何でもよっぽどいい鼓だと云い伝えられているのだから、音が出ない筈はないと思うのだけど』
 と云うんだ。おれは試しに、
『ヘエ。その云い伝えとはどんなことで……』
 と引っかけて見たが奥さんはまだ鶴原家に来て間もないせいか、詳しいことは知らないらしかった。只、
『赤ん坊のような名前だったと思います』
 と云ったのでおれはいよいよそれに違いないと思った。おれはその鼓を一先ず預ることにして別嬪《べっぴん》さんをかえした。そのあとですぐに仕かけて打って見ると……おれは顫《ふる》え上った。これは只の鼓じゃない。祖父《じい》さんの久能の遺言は本当であった。鶴原家に祟《たた》るというのも嘘じゃないと思った。
 とはいうものの鶴原家がこの鼓を売るわけはないし、どんなに考えてもこっちのものにする工夫が附かなかったので、おれはそのあくる日中野の鶴原家に鼓を持って行って奥さんに会ってこんな嘘を吐《つ》いた。
『この鼓はどうもお役に立ちそうに思えませぬ。第一長い事打たずにお仕舞《しま》いおきになっておりましたので皮が駄目になっ
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