。
私が復習《おさらえ》を済ましてから九段の老先生から借りて来た「近世説美少年録」という本を読んできかせようとすると父は、
「ちょっと待て、今日はおれが面白い話をしてきかせる」
と云いながらポツポツと話し出した。それが「アヤカシの鼓」の由来で私にとっては全く初耳の話であった。
……ところで……
と父は白湯《さゆ》を一パイ飲んで話し続けた。
「……実はおれもこの話をあまり本気にしなかった。名高い職人にはよくそんな因縁ばなしがくっついているものだから……東京に来ても鶴原家がどこにあるやら気も付かず、また考えもしなかった。
すると今から三年ばかり前の春のこと、朝早くおれが表を掃いていると二十歳《はたち》ばかりの若い美しいはいからさん[#「はいからさん」に傍点]が来て、この鼓の調子を出してくれと云いながら綺麗な皮と胴を出した。おれは何気なく受け取って見ると驚いた。胴の模様は宝づくしで材木は美事な赤樫だ。話にきいた『あやかしの鼓』に違いないのだ。そのはいからさん[#「はいからさん」に傍点]はその時こんなことを云った。
『私は中野の鶴原家のもので九段の高林先生の処でお稽古を願っているもの
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