ているうちに懐中がいよいよ淋しくなって来たので、私は宿屋の払いをして東の方へブラブラとあるき出した。すてきにいい天気で村々の家々に桃や椿が咲き、菜種《なたね》畠の上にはあとからあとから雲雀《ひばり》があがった。
その途中あんまり疲れたので、とある丘の上の青い麦畑の横に腰を卸《おろ》すと不意に眼がクラクラして喀血《かっけつ》した。その土の上にかたまった血に大空の太陽がキラキラと反射するのを見て私は額に手を当てた。そうしてすべてを考えた。
私は東京を出てから丸三年目にやっと本性《ほんしょう》に帰ったのであった。懐中を調べて見ると二円七十何銭しかない。私は畠の横の草原に寝て青い大空を仰いで「チチババチバチバ」という可愛らしい雲雀の声をいつまでもいつまでも見詰めていた。
東京に着くと私は着物を売り払って労働者風になって四谷の木賃宿に泊った。そうして夜のあけるのを待ちかねて電車で九段に向った。
なつかしい檜《ひのき》のカブキ門が向うに見えると、私は黒い鳥打帽を眉深《まぶか》くして往来の石に腰をかけた。その時暁星学校の生徒が二人通りかかったが、私の姿を見ると除《よ》けて通りながら「若い立
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