ると私はたまらなくなつかしくなった。何だか赤ん坊になって生れ故郷へ帰ったような気持ちになってボンヤリ立っていると向うから綺麗な舞い妓《こ》が二人連れ立って来た。その右側の妓《こ》の眼鼻立ちが鶴原の未亡人にソックリのように見えたので、私は思わず微笑しながら近付いて名前をきいたら右側のは「美千代」、左側のは「玉代」といった。「うちは?」ときいたら美千代が向うの角を指した。その手に名刺を渡しながら、
「どこかで僕とお話ししてくれませんか」
というと二人で名刺をのぞいていたが眼を丸くしてうなずき合って私の顔を見ながらニッコリするとすこし先の「鶴羽《つるば》」という家《うち》に案内した。そうして二人共一度出て行くと間もなく美千代一人が着物を着かえて這入って来たので私は奇蹟を見るような気持ちになった。
その時|仲居《なかい》は「高林先生」とか「若先生」とか云って無暗にチヤホヤした。私は気になって「本当の名前は久弥」と云ったら「それでは御苗字は」ときいたから、
「音丸」と答えたら美千代が腹を抱えて笑った。私も東京を出て初めて大きな声で笑った。
それから後《のち》私は鶴原未亡人に似た女ばかり探し
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