「火事……ですよ」という悲しそうな妻木君の声が何やらバタバタという音と一緒にきこえた。
未亡人はハッとしたらしく、立ち上って夜具の上を渡って障子をサラリと開いた。同時に廊下のくらがりの中に白い浴衣がけで髪をふり乱した妻木君が現われて未亡人の前に立ち塞《ふさ》がった。
「アッ」と未亡人は叫んだ。両手で左の胸を押えて空《くう》に身を反《そ》らすとよろよろと夜具の上を逃げて来たが、私の眼の前にバッタリとうつ向けに倒れて苦しそうに身を縮めた。私は廊下に突立っている妻木君の姿と、たおれている未亡人の姿を何の意味もなく見比べながら坐っていた。
妻木君はつかつかと這入って来て未亡人の枕元に立った。手に冷たく光る細身の懐剣を持って妙にニコニコしながら私の顔を見下した。
「驚いたろう。しかしあぶないところだった。もすこしで此女《こいつ》の変態性慾の犠牲になるところだった。こいつは鶴原子爵を殺し、僕を殺して、今度は君に手をかけようとしたのだ。これを見たまえ」
と妻木君は左の片肌を脱いで痩せた横腹を電燈の方へ向けた。その肋骨《あばら》から背中へかけて痛々しい鞭の瘢痕《あと》が薄赤く又薄黒く引き散らさ
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