吸は次第に荒くなった。正《まさ》しく綾姫の霊に乗り移られた鶴原未亡人の姿を仰いでひたすらに喘《あえ》ぎに喘いだ。百年前の先祖の作った罪の報いの恐ろしさをヒシヒシと感じながら……。
「サ……しょうちしますか……しませんか」
と云い切って未亡人は切れるように唇を噛んだ。燐火のような青白さがその顔に颯《さっ》と閃くと、しなやかな手に持たれたしなやかな黒い鞭がわなわなと波打った。
「ああ……わたくしが悪う御座いました」
と云いながら私は又両手を顔に当てた。
……バタリ……と馬の鞭が畳の上に落ちた。
ガチャリと硝子《ガラス》の壊れる音がして不意に冷たい手が私の両手を払い除《の》けた……と思う間もなく眼を閉じた私の顔の上に烈しい接吻が乱れ落ちた。酒臭い呼吸。女の香《か》、お白粉《おしろい》の香、髪の香、香水の香――そのようなものが死ぬ程せつなく私に襲いかかった。
「許して……許して……下さい」
と私は身を悶えて立ち上ろうとした。
「奥さん……奥さん奥さん」
と云う妻木君の声が廊下の向うからきこえた。同時にポーッと燃え上る火影《ほかげ》が二人でふり返って見ている障子にゆらめいて又消えた。
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