蜘蛛《くも》のように身を縮めた。
「ですから私は今日までのうちにすっかり財産を始末して、現金に換えられるだけ換えて押し入れの革鞄《カバン》に入れてしまいました。みんなあなたに上げるのです。明日《あした》死に別れるかも知れないのを覚悟してですよ。そんなにまで私の気持ちは純になっているのですよ……只あの『あやかしの鼓』だけは置いて行きます……可哀そうな妻木敏郎のオモチャに……敏郎はあれを私と思って抱き締めながら行きたいところへ行くでしょう」
私は両手を顔に当てた。
「もう追つけ三時です。四時には自動車が来る筈です。敏郎は夜中過ぎからグッスリ睡りますからなかなか眼を醒ましますまい」
私は両手を顔に当てたまま頭を強く左右に振った。
「アラ……アラ……あなたはまだ覚悟がきまっていないこと……」
と云ううちに未亡人の声は怒りを帯びて乱れて来た。
「駄目よ音丸さん。お前さんはまだ私に降参しないのね。私がどんな女だか知らないんですね……よござんす」
と云ううちに未亡人が立ち上った気はいがした。ハッと思って顔を上げると、すぐ眼の前に今までに見たことのない怖ろしいものが迫り近付いていた。……しどけ
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