「覚悟とは……」
と私は突然に起き直って問うた。けれども未亡人の燃え立つような美しさと、その眼に籠めた情火に打たれて意気地なくうなだれた。
「覚悟ったって何でもないんです。私は妻木に飽きちゃったんです。血の気のない影法師みたいな男がイヤになったんです。あんな死人みたいな男はあたし大嫌いなんです……」
と云ううちに未亡人は一番大きなコップに並々と金茶色の酒を注《つ》ぐと半分ばかり一息に呑み干した。それから真赤な唇をチョッと嘗《な》めて言葉をつづけた。
「だけどあなたは無垢な生き生きした坊ちゃんでした。だから妾《わたし》は好きになっちゃったんです。あたしは、あたしの云う通りになる男に飽きたんです。あの鼓の音にそそられて、そんな男をオモチャにするのに飽きていたんです。私の顔ばかり見ないで気もちを見てくれる人を探していたんです。その時にあなたに会ったんです。私は前の主人の墓参りの帰りにあなたにお眼にかかったのを何かの因縁だと思うのよ。私はもうあなたの純な愛をたよりに生きるよりほかに道がなくなったのよ」
と云いつつ未亡人は両手をあげて心持ち歪《ゆが》んだ丸髷を直し初めた。私は人に捕えられた
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