れは皆珍しいものばかりで贅沢を極めたものであった。そのお膳や椀には桐の御紋が附いていた。
 その次には晴れやかな鶴原未亡人の笑顔がまぼろしとなって現われた。
「あやかしの鼓とお別れのお祝いですから」
 というので無理に盃をすすめられたことを思い出した。
「もうお一つ……」
 とニッコリ白い歯を見せた未亡人の眼に含まれた媚《こび》……それをどうしても飲まぬと云い張った時、飲まされた「酔いざまし」の水薬の冷たくてお美味《い》しかったこと……。
 それから先の私の記憶は全く消え失せている。只あおむけに寝ながらジッと見詰めていた電燈の炭素線のうねりが不思議にはっきりと眼に残っている。
 私は酔いたおれて鶴原家に寝ているのだ。
「失策《しま》った」と私は眼を開いて夜具の襟から顔を出した。
 さっきの未亡人の室《へや》に違いない。只電燈に桃色のカバーがかかっているだけが最前と違う。耳を澄ますとあたりは森閑《しんかん》として物音一つない。
「ホホホホホホホホホ」
 と不意に枕元で女の笑い声がした。私は驚いて起きようとしたが、その瞬間に白い手が二本サッと出て来て夜着の上からソッと押え附けた。同時にホン
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