た。未亡人は両手に云い知れぬ力を籠めて云った。
「マア何というお勇ましいお言葉でしょう。そのお言葉こそ私がお待ちしていたお言葉です。それで私はきょうこの鼓と別れるお祝いにつまらないものを差し上げたいと思いまして……」
「アッ……それは……」と私は腰を浮かした。しかし未亡人の手はしっかりと引き止めた。
「いいえ……いけません……」
「でもそれは又別に……」
「いいえ……今日只今でなければその時は御座いません……サ……お前早くあれを……」
と妻木君をかえり見た。
妻木君は追い立てられるように室を出た。
あとを見送った未亡人はやっと私の手を離してニッコリした。
私は最前の洋酒の酔いがズンズンまわって来るのを感じながら両手で頬と眼を押えた。
頭が痛い……と思いながら私は眼を閉じて夜具を頭から引き冠った。すると今まで着た事のない絹夜具の肌ざわりを感ずると共に、得《え》ならぬ芳香がフワリと鼻を撲《う》ったのがわかった。
私は全く眼が醒《さ》めた。けれども起き上る前にシクシクと痛む頭の中から無理に記憶を呼び起していた――さっきあれからどうしたか――。
眼の前に御馳走の幻影が浮んだ。そ
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