った。妻木君はホッとため息をした。
「けれどもまあ……何というかわった音色で御座いましょう。そうして又何というお手の冴えよう……私は髪の毛を引き締められるようにゾッと致しましたよ……」
と感激にふるえるような声で云いつつ未亡人は立ち上って洋酒の瓶を仕舞うと又座に帰ったが、やがてふと思い出したように黒い眼で私の顔をジッと見ると、両手を畳に支えて身を退けながらひれ伏した。
「まことに有り難う存じました。私はおかげ様で生れて初めてこの鼓の音色を本当にうかがうことが出来ました。あなた様は正《まさ》しく名人のお血すじをお享《う》け遊ばしたお方に違い御座いません。この上は私も包まずに申し上げます。私こそ……」
と云いさして未亡人は両手の間に頭を一層深く下げた。
「私こそ……今大路の……綾姫の血すじを……受けましたもので御座います」
「アッ」
と私は思わず声を立てて妻木君をかえり見た。しかし妻木君は知っているのかいないのかジッと未亡人の水々しい丸髷を見下したまま身じろぎ一つしなかった。未亡人は両手の間に顔を埋めたまま言葉を続けた。
「申すもお恥かしい事ばかりで御座いますが、今大路家は御維新後零
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