どうぞ……」と澄み通った気品のある声で会釈しながら、未亡人は私の真向いに来てほの紅い両手の指を揃えた。
私の決心は見る間に崩れた。あおぎ見ることも出来ないで畳にひれ伏しつつ、今までとはまるで違った調子に高まって行く自分の胸の動悸をきいているうちに、この間の得《え》もいわれぬ床しい芳香が私の全身に襲いかかって来た。
「初めまして……ようこそ……又只今は……御噂はかねて」
なぞ次から次へきこえる言葉を夢心地できいているうちに、私は気もちがだんだん落ち付いて来るように思った。そうして「まあどうぞ……おつき遊ばして……それではあの……」という言葉をきくと間もなく顔を上げる事が出来た。その時にはじめて鶴原未亡人の姿をまともに見る事が出来た。
艶々《つやつや》した丸髷《まるまげ》。切れ目の長い一重《ひとえ》まぶた。ほんのりした肉づきのいい頬。丸い腮《あご》から恰好のいい首すじへかけて透きとおるように白い……それが水色の着物に同じ色の羽織を着て黒い帯を締めて魂のない人形のように美しく気高く見えた。
私はこの間からあこがれていた姿とはまるで違った感じに打たれて暫くの間ボンヤリしていた。ハテナ。
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