手に入れて打ち壊してしまいたいと思っているのでしょう」
 青天の霹靂《へきれき》……私は全身の血が頭にのぼった。……と思う間もなく冷汗がタラタラと腋《わき》の下を流れると、手足の力が抜けてガックリとうなだれつつ畳の上に手を支《つか》えた。
「今まで隠していたが……」と妻木君は黒い眼鏡を外しながら怪しくかすれた声で云った「僕は七年前に高林家を出た靖二郎……ですよ」
「アッ。若先生……」
「……………」
 二人の手はいつの間にかシッカリと握り合っていた。年の割に老《ふ》けた若先生の近眼らしい眼から涙がポロリと落ちた。
「会いとう御座いました……」
 と私はその膝に泣き伏した。それと一緒に誰一人肉親のものを持たぬ私の淋しさがヒシヒシと身に迫って来て、いうにいわれぬ悲しさがあとからあとからこみ上げて来た。
 若先生も私の背中に両手を置きながら暫く泣いておられるようであったが、やがて切れ切れに云われた。
「よく来た……と云いたいが……僕は……君が……高林家に引き取られたときいた時から……心配していた。もしや……ここへ来はしまいかと……」
 私は父の遺言を思い出した。――鼓をいじるとだんだんいい道
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