「ヘエ。あなたが……」
「僕は鼓よりも料理の方が名人なのですよ。拭き掃除も一切自分でやります。この通りです」
と妻木君は両手を広げて見せた。成る程今まで気が附かなかったがかなり荒れている。
ボンヤリとその手を見ている私を引っ立てて妻木君は台所を出た。右手の日本風のお庭に向かって一面に硝子障子《ガラスしょうじ》がはまった廊下へ出て、左側の取っ付きの西洋間の白い扉《ドア》を開くと妻木君は先に立って這入った。私も続いて這入った。
初めはあまり立派なものばかりなので何の室《へや》だかわからなかったが、やがてそれが広い化粧部屋だということがわかった。うっかりすると辷《すべ》り倒れそうなゴム引きの床の半分は美事な絨毯《じゅうたん》が敷いてある。深緑のカアテンをかけた窓のほかは白い壁にも扉《ドア》の内側にも一面に鏡が仕掛けてあって、室中《へや》のものが涯《は》てしもなく向うまで並び続いているように見える――西洋式の白い浴槽《ゆぶね》、黒い木に黄金色《きん》の金具を打ちつけた美事な化粧台、着物かけ、タオルかけ、歯医者の手術室にあるような硝子《ガラス》戸棚、その中に並んだ様々な化粧道具や薬品らしい
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