しばかりしか坐るところがない。書生さんはそこいらに散らばっている茶器を押し除《の》けて、奥から座布団を持って来て私にあてがうと、
「私は妻木《つまき》というものです。鶴原の甥です」
 と挨拶をした。
 さてはこの人がそうかと思いながら私は改めて頭を下げていると、妻木君はその物ごしのやさしいのにも似ず、私が見ている前で杉折りをグッと引き寄せるとポツンと水引を引き切った。オヤと思ううちに蓋をあけて中にある風月のモナカを一つ抓《つま》んで自分の口に入れてから私のほうにズイと押し進めた。
「いかがです」
 私は少々度胆を抜かれた。しかしそのうちに妻木君の唇の両端が豆腐のように白く爛《ただ》れているのに気が付くと、やっとわかった。妻木君は甘い物中毒で始終こんなことをやっているのだ。そのために胃をメチャメチャに壊しているのだ。そうして、かかり合いにするつもりで私を呼び上げたものらしい。用事とはこの事かと思うと私は急にこの青年と心安くなったような気がしてすすめられるままに手を出した。
 ところが妻木君の喰い方の荒っぽいのには又|流石《さすが》の私も舌を捲かれた。初めに四つ五つ私を追い越して喰っている
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