》まらないために三十まで独身《ひとりみ》でいた位だったそうだが、その前の年の暮にチョットした用事で大阪へ行くと、世間でいう魔がさしたとでもいうのだろう。どこで見初《みそ》めたものか今の奥さんに思い付かれて夢中になったらしく、とうとう子爵家へ引っぱり込んでしまった。するとその奥さんの素性《すじょう》がわからないというので、親類一統から義絶された揚げ句、京都におれなくなって、東京の中野に移転して来たものだった。
ところでそれはまあいいとしてその奥さんは、名前をたしかツル子さんといったっけが……東京へ越して来て鼓のお稽古を初めると間もなく、子爵様の留守の間《ま》に、お附きの女中が青くなって止めるのもきかないで『あやかしの鼓』を出して打って見たものだ。それをあとから子爵様が聞いてヒドク叱ったそうだが、それを気に病んだものか子爵様は間もなく疳が昂ぶり出して座敷牢みたようなものの中へ入れられてしまった。それからツル子夫人は中野の邸を売り払って麻布《あざぶ》の笄町《こうがいちょう》に病室を兼ねた小さな家《うち》を建てて住んだものだが、そうして病人の介抱をしいしい若先生のところへお稽古に来ているうち
前へ
次へ
全84ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング