》が三等室で、中央《まんなか》が一二等室、見ると後の三等室から、髪をマガレットに束《つか》ねた夕闇に雪を欺《あざむ》くような乙女の半身が現われた。今玉のような腕《かいな》をさし伸べて戸の鍵《ラッチ》をはずそうとしている。
「高谷《たかや》千代子!」私は思わず心に叫んだが胸は何となく安からぬ波に騒いだ。
 大槻はツカツカと前へ進んだと思うと高谷の室の戸をグッと開けてやる。縫上げのたっぷりとした中形の浴衣《ゆかた》に帯を小さく結んで、幅広のリボンを二段に束ねた千代子の小柄な姿がプラットホームに現われたが、ちょっと大槻に会釈《えしゃく》してそのまま階段の方に歩む。手には元禄模様の華美《はで》な袋にバイオリンを入れて、水色絹に琥珀《こはく》の柄の付いた小形の洋傘《こうもり》を提《さ》げている。
 大槻はすぐ室に入ったが、今度はまた車窓から半身を出して、自分で戸の鍵をかった。千代子はほかの客に押されて私の立っている横手を袖《そで》の触れるほどにして行く、私はいたく身を羞《は》じてちょっと体躯《からだ》を横にしたがその途端に千代子は星のような瞳《ひとみ》をちょっと私の方にうつした。
 汽車はこの時
前へ 次へ
全80ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
白柳 秀湖 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング