輩のために注いでくれ給え、社会のことはすべて根気だ、僕は一生工夫や土方を相手にして溝の埋草になってしまっても、君たちのような青年《わかもの》があって、蒔いた種の収穫《とりいれ》をしてくれるかと思えば安心して火の中にでも飛び込むよ」
 激しい男性の涙がとめどなく流れて、私は面をあげて見ることが出来なかった。談話《はなし》は尽きて小林監督は黙って五分心の洋燈《ランプ》を見つめていたが人気の少い寂寥《ひっそり》とした室の夜気に、油を揚げるかすかな音が秋のあわれをこめて、冷めたい壁には朦朧《ぼんやり》と墨絵の影が映っている。
「君はもう知っているか、足立が辞職するということを」こんどは調子を変えて静かに落ち着いて言う。
「エ! 駅長さんはもうやめるのですか!」と私は寝耳に水の驚きを覚えた。「いつ止めるのでしょう、どうして……」と私の声がとぎれとぎれになる。
「この間遊びに行くとその話が出た、もっとも以前からその心はあったんだけれど、細君が引き止めていたのさ」
「駅長さんが止めてしまっちゃあ……」と私は思わず口に出したが、この人の手前何となく気がとがめて口を噤《つぐ》んだ。
「その話もあった。駅
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