とを思うたにしてもそれは思うばかりで、それでつまりがどうしようというのでもない、恋してもいない人のことをなぜこんなに気にするのだろう。
それともこれが恋というものであろうか。
私の耳には真昼の水の音がさながらゆめのように聞えて、細い杉《すぎ》の木立から漏れて来る日の光が、さながら月夜の影のように思いなされた。
十四
私の傷はもう大かた癒《い》えた、次の月曜日あたりから出勤しようと思うて、午後駅長の宅《うち》を訪ねて見た。細君が独りで板塀の外で張り物をしていたが、私が会釈《えしゃく》するのを見て、
「今日は留守ですよ、非番でしたけれども本社の方から用があるというて来ましたので朝出かけたままですよ」
「どんな御用でしょう、この間の事件《こと》ではないでしょうか」
「サア、宅の人もそう言うていましたがね、ちっとも心配することはないと言うて出て行きましたよ」とさりげなく言うたけれども、私は細君の眉のあたり何となく晴れやらぬ憂いの雲を見た。
私はこのいい細君が襷《たすき》をあやどって甲斐甲斐《かいがい》しく立ち働きながらも、夫の首尾を気づこうて、憂いを胸にかくしている姿を見
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