うに鳴り出した。
十三
栗の林に秋の日のかすかな大槻医師の玄関に私はひとり物思いながら柱に倚《よ》って、薬の出来るのを待っている。
「もういいのよ……」どこかで聞き覚えのある、優しい処女《おとめ》の声が、患者控室に当てた玄関を距《へだ》てて薬局に相対《むきあ》った部屋の中から漏れて来たが、廊下を歩く気配がして、しばらくすると、中庭の木戸が開いた。
高谷千代子の美しい姿がそこへ現われた。いつにない髪を唐人髷《とうじんまげ》に結うて、銘仙の着物に、浅黄色の繻子《しゅす》の帯の野暮《やぼ》なのもこの人なればこそよく似合う。小柄な体躯《からだ》をたおやかに、ちょっと欝金色《うこんいろ》の薔薇釵《ばらかざし》を気にしながら振り向いて見る。そこへ大槻が粋《いき》な鳥打帽子に、紬《つむぎ》の飛白《かすり》、唐縮緬《とうちりめん》の兵児帯《へこおび》を背後《うしろ》で結んで、細身の杖《ステッキ》を小脇《こわき》に挾《はさ》んだまま小走りに出て来たが、木戸の掛金を指《さ》すと二人肩を並べて、手を取るばかりに、門の方に出て行くのである。
千代子は小さい薬瓶を手巾《ハンケチ》に包んでそれ
前へ
次へ
全80ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
白柳 秀湖 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング