大丈夫飛乗りぐらいは出来るとか、まるで酔漢《えいどれ》を相手にして話するよりも分らないのです。何しろ柔和《おとな》しい足立さんも今日はよほど激していたようでした」
 私は小林の談話《はなし》を聴いて、言いしれぬ口惜しさを覚えた。自分の職務というよりも、私があの紳士を制止したのは紳士の生命をあやぶんでのことではないか、私は弱き者の理由がかくして無下に蹂《ふ》み躙《にじ》られて行くのを思うて思わず小さい拳を握った。
「柔和しい足立さんの言うことが私にはもう、まだるっこくなって来たもんですから、手厳《てきび》しく談じつけてやろうとすると足立さんが待てというて制する。足立さんはそれから静かに理を分けてまるで三歳児《みつご》に言い聞かすように談すと野郎もさすがに理に落ちたのか、私の権幕に怖《お》じたのか、駅夫の負傷は気の毒だから療治代はいくらでも出すとぬかすじゃあありませんか」
 私は思わず涙の頬に流れるのを禁じ得なかった、療治代は出してやる、私はつくづく人の心の悲しさを知った。さすがに人のいい細君も「マア何という人でしょう!」というてホッと吐息を漏らした。
「ところが驚くじゃあありませんか、私
前へ 次へ
全80ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
白柳 秀湖 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング