窓からこちらを見て、はるかに助役に会釈した。
平常《ふだん》から快からず思う磯助役の今日の仕打ちは何事であろう、あまり客に親切でもないくせに、美しい人と言えばあの通りだ。そのくせ自分はもう妻子もある身ではないか。
運転手は今馬力をかけたものと見えて、汽鑵車はちょうど巨人の喘《あえ》ぐように、大きな音を立てて泥炭《でいたん》の煙を吐きながら渋谷の方へ進んで行く、高谷の乗っている室《クラス》がちょうど遠方シグナルのあたりまで行ったころ、思い出したように、鳥打帽子が窓から首を出してこちらを見た。
それは大槻芳雄であった。
ああ千代子は大槻と同じ室に乗るために常例《いつも》の室をやめたのではあるまいか、千代子はフトすると大槻と恋に陥ったのかも知れない、千代子は大槻を恋しているに違いない。私はこう思って見たが、心の隅ではまさかそうでもあるまいと言う声がした。
俯向《うつむ》いて私は私の掌を見た。労働に疲れ雨にうたれて渋を塗ったような見苦しい私の掌には、ランプの油煙と、機械油とが染み込んでいかにも見苦しい、こんな穢《きたな》い手で私は高谷さんの絵葉書を持ったのか。
洗ったら少しは綺麗に
前へ
次へ
全80ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
白柳 秀湖 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング