たが足はいつの間にか権之助坂を下りていた。虎杖《いたどり》の花の白く咲いた、荷車の砂塵のはげしい多摩川道を静かにどこという目的《あて》もなく物思いながらたどるのである。
 私は権之助という侠客《おとこだて》の物語を想うた、いつか駅長の使いをしてやった時、駅長は遠慮する私を無理に引きとめて、南の縁で麦酒《ビール》を飲みながら私にいろいろの話をしてくれた、目黒|界隈《かいわい》はもと芝|増上寺《ぞうじょうじ》の寺領であったが、いつのころか悪僧どもが共謀して、卑しい手段で恐ろしい厳しい取立てをした、その時村に権之助という侠客がいて、百姓の難渋を見ていることが出来ないというので、死を決して増上寺から不正の升を掠《かす》めて町奉行《まちぶぎょう》に告訴した、権之助のために増上寺の不法は廃《や》められたけれども、かれはそれがために罪に問われて、とある夕ぐれのことであった、情知らぬ獄吏に導かれて村中引き廻《まわ》しにされた上、この岡の上で惨《いた》ましい処刑《しおき》におうたということ。
 ああ、権之助の最後はこんな夕ぐれであったろうか。
 私は空想の翼を馳《は》せて、色の浅黒い眼の大きい、骨格の逞
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