して少しのあいだ、私はもう一度無感覚の状態にあともどりした。我に返るとすぐ、全身の繊維が痙攣《けいれん》的に震えながらも、すっと立ち上がった。頭の上や身のまわりやあらゆる方向に両腕を乱暴に突き出してみた。なんにも触れなかった。それでも墓穴[#「墓穴」に傍点]の壁に突き当りはしないかと思って、一歩でも動くことを恐れた。汗が体じゅうの毛孔から流れ出て、額には冷たい大きな玉がたまった。この不安な苦痛にとうとう堪えられなくなった。そこで両手をひろげ、かすかな光線でもとらえようと思って眼を眼窩《がんか》から突き出すようにしながら、注意深く前へ動いた。私は何歩も進んだ、しかしやはりすべてが暗黒と空虚とであった。私はいままでよりも自由に呼吸をした。私の運命が少なくともいちばん恐ろしいものではないことはまず明らかであるように思われた。
 そしてなおも注意深く前へ歩きつづけているあいだに、今度はトレードの恐怖についてのいろいろの漠然とした噂《うわさ》が、私の記憶に群がりながら浮んできた。牢については前から奇妙なことが言い伝えられていた。――つくり話だと私はいつも思っていたが――しかしいかにも奇妙な、声を
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