やって、今の今だってレモンの皮みてえな色の眼をしているお前もさ。それから、大方、手前たちは伴船《ともぶね》のやって来るのも知らねえんだろ、多分な? だが、来るんだぞ。それもそんなに永えこっちゃねえ。で、そうなって来ると人質があって喜ぶのはだれだかわかるだろ。それからと、第二条の、己がなぜ取引をしたかってことならだ、――へん、手前らがそれをして貰えたくって己んとこへ膝をついて這《へ》えつくばってやって来たんだ、――膝をついてな、やって来たんじゃねえか。それっくれえ手前たちゃ萎《しを》れてたんだ。――それにまた、己がそれをしなかったら、手前らは飢死《うえじに》してたろうて。――だが、そんなこたぁどうだっていい! こいつを見ろ、――そうすりゃ訳がわからあ!」
 そう言って彼は床《ゆか》の上に一枚の紙を投げ出したが、私にはすぐにそれが何だかわかった。――まさしく、私があの船長の衣類箱の底で油布に包んであるのを見つけた、三つの赤い十字記号のついている、黄ろい紙の海図であった。なぜ先生がそれを彼にやったのかということは、私には想像出来ないことだった。
 しかしそのことが私には合点のゆかぬことだったとするなら、海図の現れたことは生き残っている謀叛人どもには信じられぬことだった。彼等は鼠に跳びかかる猫のようにそれに跳びかかった。海図は手から手へと渡され、一人が別の奴からひったくった。そして、それを調べながら罵ったり呶鳴《どな》ったり子供のように笑ったりしている有様は、彼等が黄金そのものをいじっているばかりではなく、さらにもう無事にそれを積んで海に出ているようだと、思われるくらいであった。
「そうだよ、」と一人が言った。「こりゃ確かにフリントだ。J・Fと書えて、下に線を引いて、それに索結びみてえなものも書えてある。あの人はいつもこう書えてたよ。」
「こりゃいいや。」とジョージが言った。「だが己たちゃ船がねえから、どうしてあれを持って行くんだい?」
 シルヴァーが突然跳び立って、片手を壁にあてて身を支え、「手前に断《ことわ》っておくぞ、ジョージ。」と呶鳴った。「もう一|言《こと》生意気な口を利こうものなら、己は手前をひっぱり出して勝負するんだぞ。どうしてだと? へん、そんなことを己が知ってるものか? 手前らこそそれを己に教えてくれなきゃならなかったんだ、――余計な差出口をして己のスクーナ一船をなくしちまった手前とその他の奴らとがだ、この馬鹿野郎どもめが! だが手前らは駄自さ。それが言えるもんか。手前らにゃ油虫ほどの智慧もねえんだ。だが、ジョージ・メリー、手前だって丁寧な口だけは利けるんだし、また己がそうさせてやるぞ、いいか。」
「そいつぁまず申分のないとこだ。」と老人のモーガンが言った。
「申分がないだと! 己もそう思う。」と料理番が言った。「手前らは船をなくした。己は宝をめっけた。これじゃあだれが偉《えれ》え人間だい? で、もう己は辞職するぜ、畜生! さあ、もう手前らの好きな奴を選挙して船長にしろ。己はやめちまったんだ。」
「シルヴァーだ!」と皆が叫んだ。「いつまでも|肉焼き台《バービキュー》だ! 肉焼き台が船長《せんちょ》だ!」
「じゃそうきまったんだな?」と料理番が叫んだ。「ジョージ、お前はどうやらもう一度待たなきゃならねえようだなあ、おい。己が怨み深《ぶけ》え人間でねえのがお前にゃ仕合せだ。だがそいつぁ己の流儀じゃなかったんだぞ。それから、兄弟、この黒丸はどうする? もう大《てえ》して役にも立つめえな? ディックが自分の運をそこねて自分の聖書を駄目にした。まあそれっくれえのところさ。」
「この聖書は接吻《キス》して宣誓するにゃまだ役に立っだろうね?」とディックはぶつぶつ言った。彼は自分で呪いを招いたのに明かに不安を感じているのだった。
「少し切り取ってある聖書がかい!」とシルヴァーが嘲笑するように答えた。「駄目さ。そんなものは小唄本ほどの利目もねえや。」
「だって、そうかね?」とディックは嬉しそうに叫んだ。「まあ、でもね、持っててもいいだろうと思うねえ。」
「そら、ジム、――お前にゃ珍しいものだよ。」とシルヴァーが言って、その紙を私にひょいと抛《ほう》ってくれた。
 それはクラウン貨幣(註七八)ほどの大きさの円い紙だった。一番終りの紙だったので、片側は白かった。もう一方の側にはヨハネ黙示録の一二節が見え、――その中でもこういう文句が私の心にぎくりとこたえた。「犬および殺人者は外に居るなり。(註七九)」その印刷している側は焼木の炭を塗って黒くしてあったが、その炭がもう剥げかかって私の指を少しよごしていたのだ。白い側には同じく炭で「免職」という一語が書いてあった。私はその珍品を現在もそばに持っている。が、今では文字はすっかり消えて、拇指の爪でつけたようなかすり痕が一つ残っているだけである。
 それがその夜の事件の結末であった。その後間もなく、酒がみんなにぐるりと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]されて、私たちは寝ることになった。そしてシルヴァーの復讐は、高々、ジョージ・メリーを歩哨に立たせて、もし誠実にやらないと殺してしまうぞと嚇したことだけだった。
 私は永い間眼を閉じることが出来なかった。確かに私には考えることがたくさんあったのである。その日の午後自分が殺した男のことや、自分の非常に危険な立場のことや、とりわけ、シルヴァーの今やって見せた素晴しい芸当――片手では謀叛人どもをくっつけておき、もう一方の手では、出来るものでも出来ないものでもありとあらゆる手段によって、和解をして自分のみじめな命を救おうと努める――のことなどについてである。そのシルヴァー自身は安らかに眠って、高い鼾《いびき》をかいていた。それでも、彼を取巻いている暗澹たる危難や、彼を待っている恥ずべき絞首台のことを考えると、彼が悪人ではあっても、私の胸は彼のために痛むのであった。

     第三十章 宣誓解放

 森の縁から呼びかける、はっきりした、力強い声で、私は目を覚された。――実際、私たちみんなが目を覚されたのだ。歩哨でさえも、戸口の柱に凭《もた》れていたのを身を起して、睡気ざましに体をゆすっているのが見えたから。――
「おうい、丸太小屋あ!」とその声は叫んだ。「医者が来たぞ。」
 まさしくそれは医師であった。その声を聞くと私は嬉しかったが、それでもその嬉しさには夾雑物《まざりもの》がないではなかった。私は自分の不従順なこそこそした行為を思い出してどぎまぎした。そして、その行為のために自分がどんなことになったか――どんな連中の間にいてどんな危険に取巻かれているか――ということを思うと、面目なくて先生に顔が合されなかった。
 夜がまだすっかり明けきっていなかったから、先生は暗い中に起きて来たのに相違ない。私が銃眼のところへ駆け寄って外を見ると、先生は、この前一度シルヴァーが来た時のように、地を這っている靄《もや》に膝のところまでも包まれて立っているのが見えた。
「やあ、先生! お早うごぜえまあす!」とシルヴァーは、すぐにすっかり目を覚して好人物らしいにこにこ顔をしながら、叫んだ。「ずいぶんとお早《はえ》えんですねえ、まったく。諺にもあります通り、喰物《くいもの》にありつくのは早起きの鳥ですよ。(註八〇)おい、ジョージ、お前、体をゆすぶり起して、リヴジー先生が柵をお越しになる手伝いをしてあげろ。みんな工合がようごぜえますよ、あんたの患者はね、――みんな工合がよくって元気でさあ。」
 ※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖を肱《ひじ》の下にあて、片手を丸太小屋の側壁につけて、丘の頂に立ちながら、彼はこうぺらぺらとしゃべり続けたが、――声も、態度も、顔付も、まったく以前のジョンであった。
「それに、あんたがまったくびっくりなさることがありますぜ。」と彼は言葉を続けた。「ここにゃちっちゃなお客がいますんで、――ひっ! ひっ! 新規の賄《まかない》附の下宿人って訳でさ。達者でぴんぴんしてますよ。このジョンのすぐ横で、船荷の宰領(註八一)みてえに寝ましたよ、――夜っぴて、枕を並べてね。」
 リヴジー先生はこの時分には柵壁を越えて料理番《コック》のかなり近くへ来ていた。それで先生がこう言う時の声の変っているのが私にはわかった。――
「ジムじゃないか?」
「まさに間違えなくそのジムで。」とシルヴァーが言った。
 先生は何も言わなかったが、ぴたりと止った。そして、また動き出すことが出来るようになったと思われるまでには、何秒かかかった。
「よし、よし、」とやがて彼は言った。「義務第一で、遊びその後だ。お前だってそう言うだろうな、シルヴァー。まずお前のところのあの患者たちを診察するとしよう。」
 それからすぐ医師は丸太小屋へ入って来て、私には怖い顔をして頷いて会釈し、病人の間で仕事にとりかかった。彼は、こういう不信義な悪魔どもの間では自分の生命が一本の髪の毛に懸っているようなものだということは知っていたには相違ないが、少しの懸念もしていないような様子をしていた。そして、まるで平静なイギリスの家庭を普通に往診してでもいるように、自分の患者たちにいろいろとしゃべっていた。彼の態度は皆に反応したのだろうと思う。というのは、彼等も医師に対して、何事も起らなかったかのように――彼がやはり船医であり、彼等がやはり忠実な平水夫であるかのように――振舞っていたから。
「お前は工合がよくなっているよ、なあ、おい。」と彼は頭に繃帯をした男に言った。「九死に一生を得た人間というのがいるなら、それはお前のことだ。お前の頭は鉄のように堅いに違いないな。それからと、ジョージ、どんな様子だ? ひどい顔色をしているな、確かに。ふうむ、お前の肝臓がな、でんぐり返っているんだぞ。お前はあの薬を飲んだか? 皆の者、この男はあの薬を飲んだかね?」
「はいはい、旦那、確かにこいつは飲みましたよ。」とモーガンが答えた。
「うむ、私もこのように謀叛人の医者になっている以上は、というよりも監獄医になっている以上はと言った方がいいんだがね、」とリヴジー先生は非常に快活な調子で言った。「とにかく、ジョージ陛下と(陛下万歳!)絞首台とのために一人の命でもなくしないようにするというのは面目にかけて大切なことだからな。」
 悪漢どもは互に顔を見合せたが、この手痛い言葉を黙って聞き流してしまった。
「ディックは気分がよくねえんですが。」と一人が言った。
「よくないって?」と医師が答えた。「じゃあ、ここへ来なさい、ディック、そして舌を見せて御覧。いや、これで気分がよかったら不思議だろうて! この男の舌を見てはフランス人だって恐しがるよ。こいつも熱病さ。」
「ああ、それ見ろ、」とモーガンが言った。「聖書を裂いたからそんなことになっただ。」
「あんまり頓馬だからそんなことになっただ、――お前の言う真似をするとね。」と医師は言い返した。「あんまり頓馬で、よい空気と毒気との区別も知らず、乾燥した土地と疫病のあるいやな泥沼との区別も知らんからだよ。まあ、大抵は、――もちろんこれはただ私の考えだが、――そのマラリヤ熱をお前たちの体から取ってしまうまでには、お前たちはみんな恐しい目に遭わなけりゃならんだろう。沼地に野営するなんて、どうしてそんなことをしたんだい? シルヴァー、お前には私も驚いたよ。お前は、何もかもひっくるめて見たところ、他の多くの者ほど馬鹿じゃないが、しかし、どうも健康の法則の観念と来ちゃ初歩も持っていないようだな。」
 医師は一人一人に薬を調合してやり、彼等はまったく笑止なほどへいこらしてその処方薬を飲んだが、その様子は人殺しをした謀叛人や海賊というよりは貧民学校の生徒のようだった。それがすむと医師が言った。――「さあ、今日《きょう》はこれでいい。ところで今度はあの子供とちょっと話をしたいんだがねえ。」
 そして彼は私の方へぞんざいに頭を振り動かした。
 ジョージ・メリーは戸口のところにいて、苦《にが》い味のす
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