言った。
「じゃこれで話がきまった!」とのっぽのジョンが叫んだ。「君は元気よく言ってくれた。で、有難《ありがて》え! 己に助かる見込が一つ出来た訳だ。」
彼は、薪の中に立てかけてある松明のところまでぴょこぴょこ跳んで行って、パイプに新しく火をつけた。
「己の言うことをよく聞いてくれ、ジム。」と彼は元のところへ戻りながら言った。「己は分別のある人間だよ、そうともさ。己は今じゃ大地主の側についてるんだ。君があの船をどこかへ無事に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]したってことは己にゃわかってる。どんな風にしてやったか、そいつぁわからねえが、とにかくあれは無事なんだ。ハンズとオブライエンとは丸めこまれたんだろうと思う。あいつら[#「あいつら」に傍点]はどっちとも己は大《てえ》して信用していなかったよ。ところでよく聞いてくれ。己は何も訊《き》かねえし、他の奴らにも訊かせはしねえ。勝負のついた時を己は知っている。知ってるとも。それから頼りになるしっかりした若者を知っている。ああ、君は若《わけ》えし、――君と己とが一緒になれぁたんといいことが出来るかも知れねえなあ!」
彼は樽から錫の小杯にコニャックを注いだ。
「兄弟、飲まねえか?」と彼が尋ねた。そして私が断ると、「じゃあ、自分だけで一口やるぜ、ジム。」と言った。「己は一|杯《ぺえ》やらなきゃならねえんだ。面倒な事を控えてるんでね。面倒な事って言えば、あのお医者はどうして己に海図をくれたんだろうな、ジム?」
私の顔はありありと不審の色を浮べたので、彼はその上尋ねる必要のないのを見て取った。
「ああ、そうさ、でもくれたんだよ。」と彼は言った。「あれにゃきっと何か訳があるぜ、――あれにゃあ確かに何か訳がな、ジム、――いいにしろ悪いにしろ。」
そして彼はまたそのブランディーを一口飲んで、最も悪い事を予期している人のように、大きな薄色の頭を振った。
第二十九章 再び黒丸
海賊どもの会議はしばらく続いていたが、やがて一人の者が小屋へ入って来て、私の眼には何となく皮肉に見える、さっきと同じ例の敬礼をまたやってから、ちょっとの間|松明《たいまつ》を貸して貰いたいと頼んだ。シルヴァーは簡単に承諾した。するとその使者は再び出て行き、後には私たちが暗闇《くらやみ》の中に残された。
「そうら、そろそろ騒ぎが起って来るぜ、ジム。」とシルヴァーが言った。彼は、この時分には、すっかり親しい打解けた口調になっていた。
私は一番近くの銃眼のところへ行って、外を見た。例の大きな焚火の余燼はもうほとんど燃え尽きて、今ではごく弱くぼんやりと光っているので、私にはあの密謀者たちが松明をほしがった訳がわかった。柵壁までの傾斜面を半分くらい下ったところで、彼等は一団になって集っていた。一人が松明を持っていた。もう一人が皆の真中に膝をついていたが、その手に持っている開いたナイフの刀身が、月光と松明の光とで違った色に輝くのが見えた。その他の者は身を前へ屈めて、膝をついている男のしていることを見ているようだった。その男が手にナイフと共に一冊の書物を持っているのを私はどうにか見分けることが出来た。そして、どうしてそんな不似合なものが彼等の手に入ったのだろうとまだ訝っていると、その時膝をついていた者がまた立ち上って、一同が小屋の方へ一緒に歩き出した。
「やって来るよ。」と私は言った。そして自分の元の場所へ戻った。彼等を見ていたのを見つけられては自分の沽券《こけん》にかかわるような気がしたからである。
「よしよし、奴らを来させろ、なあ、――奴らを来させろだ。」とシルヴァーは陽気に言った。
「己にゃまだ最後の手段があるからな。」
戸が開いて、五人の男が、入ったばかりのところにごたごたとかたまって立ったが、その中の一人を前へ押し出した。その男が一足一足と踏み出す毎にためらいながら、それでも握った右の手を前へ差し出しながら、のろのろと進んで来るのを見るのは、他の場合だったらずいぶんとおかしかったろう。
「おい、こら、さっさとやって来い。」とシルヴァーが呶鳴《どな》った。「取って喰おうたぁ言やしねえ。そいつを手渡ししろ、間抜め。己ぁ規則は知ってるよ、そうともさ。総代をやっつけるようなことはしねえや。」
この言葉で勇気がついて、その海賊は前よりは速く進み出て、シルヴァーに手から手へ何かを渡すと、もっと一層敏捷に仲間たちのところへ再び戻って行った。
料理番《コック》は渡されたものを眺めた。
「黒丸《くろまる》だな! そうだろと思ってた。」と彼は言った。「手前らはどっからこの紙を取って来たんだ? おやおや、こりゃどうだい! なあ、おい、これぁ縁起がよくねえぞ! 手前たちは監督からこれを切るなんて馬鹿な真似をしたんだな。どの馬鹿が聖書を切ったんだ?」
「ああ、そら見ろ!」とモーガンが言った。――「そうら見ろ。おいらの言わねえこっちゃあねえ。そんなことをしていいことになるはずがねえって、おいらが言ったんだ。」
「ふうむ、手前たちは仲間で相談してきめたんだな。」とシルヴァーが言い続けた。「じゃ手前らはみんなぶらんこ往生することになると思うな。どの阿呆の間抜めが聖書なんぞを持ってたんだ?」
「ディックだよ。」と一人が言った。
「ディックだと? じゃあディックはお祈りをするがいいや。」とシルヴァーが言った。「奴の好運もこれまでだ、ディックのな。そいつぁ間違えっこなしだぜ。」
しかしこの時例の黄ろい眼をしたのっぽの男が口を出した。
「おしゃべりは止《や》めろ、ジョン・シルヴァー。ここにいる船員は、規則通りにみんなで会議を開いて、お前に黒丸をつきつけたんだ。お前も、規則通りに、そいつを裏返して、そこに書《け》えてあることを見てくんねえ。それからしゃべるがいいさ。」
「有難うよ、ジョージ。」と料理番が答えた。「お前はいつも仕事はてきぱきしてるし、規則は十分心得てるし、ジョージ、己ぁお前を見るなあ好きだよ。さてと、とにかく、こりゃ何だな? ははあ! 『免職』と、――なあるほど、そうだな? なかなかうまく書えてあるわい、確かにな。刷った物みてえだ、まったくさ。ジョージ、お前の手蹟《て》かい? まあ、お前はすっかりここにいる船員の中での頭《かしら》になってるんだな。お前は次にゃ船長《せんちょ》になれるぜ、きっとだよ。すまねえが、ちょいとその松明《たいまつ》をも一度取ってくんねえか? このパイプが消えたんだ。」
「さあ、おい、」とジョージが言った。「ここにいる船員を馬鹿にするのもいい加減にしねえ。お前はおどけてるつもりなんだろう。がお前はもう駄目だよ。その樽から下りて来て、投票するがよかろうて。」
「手前は規則を知ってるって言ったように思うがな。」とシルヴァーは軽蔑したように答えた。「ともかく、手前が知らねえにしろ、己は知ってるんだ。だから己はここにいる、――己はまだ手前たちの船長だぞ、いいか、――手前たちが自分の苦情を言って、己がそれに答えてやるまではだ。それまでの間は、手前らの黒丸は堅《かた》パン一つほどの値打もねえんだ。それがすんでから、考えるとしよう。」
「おお、」とジョージが答えた。「お前はちっとも心配《しんぺえ》するこたねえや。己たちゃ[#「己たちゃ」に傍点]間違ったこたぁしねえよ、己たちはな。第《でえ》一、お前は今度の仕事をやり損《そこ》ねた。――いくらお前がずうずうしい男だって、これにゃそうじゃねえとは言えめえ。第二に、お前は敵をこの罠から何にもならねえのに逃がしちまった。なぜ奴らは出て行きたがったか? そりゃ己ぁ知らねえ。だが奴らがそうしたがってたこたぁ確かだ。第三、お前は、己たちが奴らの出かけるとこをやっつけようとするのを、させなかった。おお、己たちぁお前の腹の底を見抜いてるんだよ、ジョン・シルヴァー。お前は奴らに内通したがってるんだ。それがお前の不都合なとこだ。それから、第四は、この小僧のことだ。」
「それだけか?」とシルヴァーが平然と答えた。
「これだけあれぁたくさんさ。」とジョージが言い返した。「お前のへまのために己たちぁみんなぶらんこになって天日《てんぴ》に曝《さら》されるだろうよ。」
「よし、じゃあ、いいか。その四箇条に返答してやろう。一つ一つ返答してやる。己が今度の仕事をやり損ねたと? ふむ、ところで、手前たちはみんな、己のやりたかったことを知ってるはずだ。それから、もしその通りになってたら、己たちぁ明日《あす》といわず今晩にもヒスパニオーラ号に乗り込んでて、一人残らず生きていて、元気で、うめえ乾葡萄入りのプディングをたらふく食べ、宝を船艙に一|杯《ぺえ》積み込んでた、ってことも知ってるはずだ、畜生! そんなら、だれがその己の邪魔をしたんだ? だれがこの正式の船長の己をせき立てて早まらせたんだ? だれが己たちの上陸した日に己にあの黒丸をつきつけて、この舞踏《ダンス》を始めたんだ? ああ、面白《おもしれ》え舞踏だよ、――違えねえや、――ロンドンの仕置波止場でぶら下げられて縄の先でやる踊りみてえさ、まったくな。だが、だれがこんなことをやったんだ? そうさ、それぁアンダスンと、それからハンズと、それから手前、ジョージ・メリーだぞ! そして手前はそのおせっかいな奴らの中で一人だけ生き残ってる奴なんだ。それだのに、生意気千万にも己に代って船長になろうとするなんて、――己たちみんなをこんな目に遭わせた手前がだ! こん畜生め! こんな大べらぼうな話って聞いたこたぁねえ。」
シルヴァーはちょっと言葉を切ったが、私は、ジョージとその仲間の者たちの顔で、以上の言葉が無駄ではなかったのを見て取ることが出来た。
「それが第一条の答だ。」と被告のシルヴァーが呶鳴って、額から流れる汗を拭うた。小屋が震えるほど猛烈にしゃべっていたからである。「やれやれ、ほんとに、手前たちと話してると厭んなっちまうぜ。手前たちゃ物の弁《わきめ》えもなけりゃ物覚えも悪いと来てるんだからな。手前たちの母親《おふくろ》は何だって手前らを海へなんぞ出したのか己にゃあわからねえ。海だと! 分限紳士だと! 仕立屋が手前たちに相応の商売《しょうべえ》だろうよ(註七七)。」
「さあ、続けろ、ジョン。」とモーガンが言った。「残りのもさっさと言え。」
「ああ、残りのか!」とジョンが答えた。「ありゃあなかなか立派なものだな、そうじゃねえか? 手前たちは今度の仕事はやり損ねたと言う。ああ! もしどのくれえひどくやり損ねてるか手前たちにわかりゃあ、きっと、手前たちゃびっくりするぜ! 己たちゃもうすぐ絞首《しめくび》になりそうなとこなんだぞ。それを考えただけでも己は頸が硬《こわ》ばるくれえだ。多分、手前らも見たことがあるだろう、鎖で絞《し》め殺されて、鳥がその周りに集ってる奴らを。潮《しお》で流されてゆくのを船乗が指してるんだ。『あれぁだれだい?』って一人が言う。『あれかい! ああ、あれぁジョン・シルヴァーさ。己ぁ被奴《あいつ》をよく知ってたよ。』と別の奴が言う。それから上手※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しをして次の浮標《ブイ》の方へ船を走らせていると、その鎖ががちゃがちゃ鳴るのが聞える、って訳さ。まあ、それが己たちのゆきつくところだ、己たちみんなのな。これもこいつと、ハンズと、アンダスンと、その他《ほか》手前たちいまいましい馬鹿野郎どものお蔭なんだ。それから、第四条の、その小僧のことが聞きてえんならだ、畜生! 言ってくれるが、其奴《そいつ》は人質じゃねえか? 人質をなくしちまおうってえのか? いいや、いけねえ。其奴は己たちの最後の頼みになるんだ、きっとだ。その小僧を殺すって? 己ぁ厭だよ、兄弟! それから、第三条か? ああ、そうだ、第三条にゃ言うことがうんとある。大方、手前たちはほんとの大学出の医者が毎日|診《み》に来てくれるのを有難えとも思わねえんだろな?――ジョン、頭を打ち割られたお前も、――ジョージ・メリー、まだ六時間とたたねえ前に瘧《おこり》を
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