んだ。あいつらは自分の分を取っておけねえんで、他人《ひと》の分をふんだくろうとするんだ。それが船乗らしい振舞《ふるめえ》か? え、聞きてえもんだ。だが己はつましい人間だ。自分の大事な金は一度も無駄使いもしなけれぁ、なくしもしねえ。も一度奴らに一|杯《ぺえ》喰わしてくれよう。奴らなんざあ怖《こわ》かねえ。なあ、己はまた帆を広げて、もう一度奴らを出し抜いてやるぞ。」
こう言いながら、彼は、私が痛くてもう少しで大声を出しかけたほど私の肩をぎゅっと掴んで、脚を重量品のように重そうに動かしながら、ようようのことで寝台《ベッド》から起き上った。彼の言葉は意味には元気があったけれども、それを言っている声が弱々しいので、その対照が哀れだった。彼は寝台の端に腰を掛けた姿勢をとると、語をちょっと休んだ。
「あの医者にやられた。」と彼は呟いた。「耳鳴りがする。寝かしてくれ。」
私が大して手伝わないうちに彼はまた以前の場所へ倒れ、しばらくは黙ったままでいた。
「ジム、」とようやく彼は言い出した。「今日あの水夫を見たろう?」
「黒犬《ブラック・ドッグ》かい?」と私は尋ねた。
「ああ! 黒犬《ブラック・ドッグ
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