食卓の両側に腰を掛けていた。――黒犬の方は扉の近くにいて、片方の眼を昔の友達に、片方の眼を私の思ったところでは逃げ場所につけておけるようにと、斜に腰掛けていた。
 彼は、私に、あっちへ行っておれ、そして扉を広く開けっ放しにして行ってくれ、と言いつけた。「鍵穴《かぎあな》から覗いたりなんかすると承知しねえぞ、坊や。」と彼は言った。で、私は二人を残して、帳場へ退いた。
 私は耳をすまして聞いてやろうと確かに一心になってはいたけれども、大分永い間、早口にべらべらしゃべる低い声の他《ほか》には何一つ聞えなかった。が、とうとう、その声はだんだん高くなり出して来て、船長の一語二語を聞き取ることが出来た。大抵は罵り言葉だった。
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。それでおしまいだ!」と船長は一度|呶鳴《どな》った。そしてまた呶鳴った。「もしぶらんこ(註一四)になるなら、みんながぶらんこだ、ってえんだ。」
 それから突然、凄じく罵り言葉やその他のやかましい物音が起った。――椅子とテーブルとが一度にひっくり返り、続いて刃物の打ち合う音がし、それから苦痛の叫び声がしたかと思うと、次の瞬間には、私は、黒犬が全
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