とを、まるで昨日《きのう》のことのように覚えている。背の高い、巌乗な、どっしりした、栗色の男だった。タールまみれの弁髪がよごれた青い上衣の肩に垂れていた(註四)。手は荒れて傷痕だらけで、黒い挫けた爪をしていた。そしてサーベル傷が片頬にきたなく蒼白くついていた。私はまた覚えている。彼は入江を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]し、そうしながらひとりで口笛を吹いていたが、それから突然、その後もたびたび歌ったあの古い船唄を歌い出したのだった。――
[#ここから3字下げ]
「死人箱《しびとのはこ》にゃあ十五人――
よいこらさあ、それからラムが一罎《ひとびん》と!(註五)」
[#ここで字下げ終わり]
揚錨絞盤《キャプスタン》の梃《てこ》を[#「梃《てこ》を」は底本では「挺を」]※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]すのに調子を合せて歌って嗄《しゃが》らしたらしい、高い、老いぼれたよぼよぼの声だった。それから彼は持っていた木挺のような[#「木挺のような」はママ]棒片《ぼうぎれ》で扉《ドア》をこつこつと叩き、私の父が出ると、ぶっきらぼうにラム酒を一杯注文した。それを持ってゆくと
前へ
次へ
全412ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング