、煙草の煙が濛々としていたのに、かなりよく見通された。
 客は大部分船乗だった。そしてずいぶん大きな声でしゃべり合っているので、私は、入ってゆくのが怖《こわ》いような気がして、戸口でためらっていた。
 そうしてぐずぐずしている時に、一人の男が脇の室から出て来たが、私は一目でそれがのっぽのジョンに違いないと思った。左の脚がほとんど股のつけ根のところから切れており、左の腋の下に※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖《かせづえ》(註三四)を持っていて、それを驚くべく器用に扱い、それをあてて鳥のようにぴょんぴょん跳び※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]っていた。大層|丈《たけ》が高くて巌乗な男で、顔はハムのように大きく、――不器量で蒼白いが、利口そうでにこにこしていた。実際、非常に機嫌がよいらしく、口笛を吹きながらテーブルの間を動き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、贔屓《ひいき》の客人たちには愛想のいい言葉をかけたり、その肩をぽんと叩いたりしていた。
 さて、実を言うと、私は、大地主のトゥリローニーさんの手紙にのっぽのジョンのことを書いてあるのを見た実に最初の時から、その男こそ私が「|ベンボー提督《アドミラル・ベンボー》屋」で永い間見張っていたあの一本脚の水夫ではあるまいかと、心の中で恐れを抱いていたのであった。しかし今目前にいる男を一目見ただけで十分だった。私は船長や、黒犬《ブラック・ドッグ》や、盲人のピューを見ていたので、海賊がどんなようなものかということは知っているつもりだった。――海賊とは、私の考えによれば、このさっぱりした快活な気質の亭主とはまるで違った人間なのだ。
 私は直ちに勇気を出して、閾《しきい》を跨ぎ、その男が※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖に凭《もた》れながら一人の客と話している処へ、まっすぐに歩いて行った。
「シルヴァーさんですね?」と私は尋ねて、手紙を差し出した。
「そうですよ。」と彼が言った。「いかにも、それがわっしの名でさあ。してあんたはだれですかね?」それから大地主さんの手紙を見ると、彼は何だかぎょっとしたように私には思われた。
「おお!」と彼は、手を差し出しながら、大層大きな声をして言った。「なるほど。君はわっしたちの今度の船室給仕《ケビンボーイ》だね。やあ、初めて。」
 そして彼は私の手を大きな掌の中にしっかりと握った。
 ちょうどその時、ずっと向うの方にいた客の一人が、急に立ち上って、扉の方に進んだ。その扉は彼のじきそばにあったので、彼はすぐに街路へ出てしまった。しかしそのあわただしい様子が私の注意を惹き、私は一目でそれがだれだかわかった。それは、「ベンボー提督屋」へ最初にやって来た、指の二本ない、あの蒼白い顔をした男だった。
「おお、あいつを止めて! あれは黒犬《ブラック・ドッグ》だ!」と私は叫んだ。
「だれだろうと構やしねえが、しかし奴あ勘定を払ってねえんだ。おい、ハリー、走ってって奴を掴めえてくれ。」とシルヴァーが叫んだ。
 するとその扉の一番近くにいた中《うち》の一人が跳び立って、後を追っかけて行った。
「よしんば奴がホーク大将にしろ勘定は払わせてやる。」とシルヴァーが呶鳴《どな》った。それから私の手を放して、――「奴がだれだと言いなすったかね?」と尋ねた。「黒《ブラック》、何だったかね?」
「犬《ドッグ》ですよ。」と私は言った。「トゥリローニーさんはあの海賊どものことを話しませんでしたか? あいつはあの中の一人でしたよ。」
「そうかい?」とシルヴァーが叫んだ。「わっしの店にそんな奴が! ベン、お前《めえ》走ってってハリーに加勢してくれ。あの馬鹿どもの一人だったのか、奴が? モーガン、奴と飲んでたのはお前だったな? ここまでやって来い。」
 モーガンと呼ばれた男――年寄の、白髪の、マホガニー色の顔をした水夫――は、噛煙草《かみたばこ》をもぐもぐやりながら、大分おずおずして出て来た。
「ところで、モーガン、」とのっぽのジョンはすこぶる厳《いかめ》しく言った。「お前はあの黒《ブラック》――黒犬《ブラック・ドッグ》を前に一度も見たことがねえな、え、そうだろ?」
「ねえんですよ。」とモーガンは言って、お辞儀をした。
「お前は奴の名前《なめえ》を知らなかったんだな、そうだろ?」
「そうですよ。」
「よし、トム・モーガン、そいつぁお前のためにゃ結構なこった!」と亭主は大声で言った。
「もしあんなような奴とつきあってたんなら、二度と己《おれ》の家《うち》へ足を入れさすんじゃなかったぞ。そいつぁ間違《まちげ》えっこなしだ。で、奴あお前に何と言ってたい?」
「おいらはほんとに知らねえんですよ。」とモーガンは答えた。
「お前の肩の上にのっかってるのは、そりゃ
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