が、島の低地を見下せる山の肩のところをぶらぶら歩いていると、その時、下の真暗な闇の中から、叫んでいるようでもあり歌っているようでもある声が風に運ばれて来た。私たちの耳に届いたのはほんの少しで、その後はすぐ元の静寂に返った。
「可哀そうにな。あれぁ謀叛人どもだよ!」と先生が言った。
「みんな酔っ払ってるんで。」とシルヴァーの声が私たちの背後からした。
シルヴァーは全然自由を許されていたと言ってもよく、また、毎日剣もほろろの扱いを受けていたにも拘らず、自分ではもう一度すっかり特権を与えられた親しい従者になったつもりでいるようだった。実際、彼がそういう馬鹿にされた待遇を実によく忍んで、絶えず飽くまでも慇懃にみんなに取入ろうと努めていたことは、非常なものであった。それでも、だれも彼を犬以上にはあしらわなかったと思う。そうでないのは、ベン・ガンか、私くらいのもので、ベン・ガンは昔の按針手《クォータマスター》をやはりひどく恐れていたのだし、私は事実彼に感謝すべきことがあったのだ。もっとも、実際、私には他のだれよりも彼を悪く思ってもいい理由もあったように思う。というのは、彼があの高原で新たな裏切りを企《たく》らんでいるのを見ていたからであるが。そういう次第で、医師が彼に答えたのはかなり素気なかった。
「酔っ払っているか譫語《うわごと》を言っているかだ。」と先生が言った。
「仰しゃる通りでごぜえますよ。」とシルヴァーが答えた。「そして、どっちだってちっとも構やしません、あんたにもわっしにも。」
「お前は自分を慈悲深い人間だと言ってくれとは言うまいな。」と先生は冷笑しながら答えた。
「で、私の気持を聞いたらお前は驚くかも知れんよ、シルヴァー君。だがもし彼等が確かに譫語を言っているものとわかればだ、――あの中の少くとも一人が熱病に罹っていることはまず確かなんだからな、――私はこの野営地から出て行って、自分の体にはどんな危険を冒そうとも、自分の医術の助けをあの連中に藉《か》してやらねばならん。」
「失礼ですが、あんた、そりゃあいけませんよ。」とシルヴァーは言った。「あんたの御大切《ごてえせつ》な命がなくなりますからね。違えありませんぜ。あっしは今じゃすっかりあんたの側についてるんでさ。だから味方の人を減らせたかぁありません。あんたはもちろんのことです。あんたにゃ御恩を受けていますからね。だがあそこの下にいる奴らと来ちゃあ、約束を守れるような奴じゃごぜえません、――そうですとも、守りてえと思ったって守れねえ奴らでさあ。おまけに、あんたが約束を守れるってことも、奴らにゃ信じられねえんですから。」
「うん、そうだろう。」と先生が言った。「お前は約束を守れる人間だよ。それは私たちも知ってるさ。」
さて、それがその三人の海賊について私たちの得たほとんど最後の消息であった。ただ一度だけ私たちはずっと遠くで一発の銃声を聞き、彼等が猟をしているのだろうと推測した。会議が開かれて、彼等を島に棄てて行かねばならぬということにきまった。――これにはべン・ガンが非常に喜んだし、グレーが大いに賛成したということは、言っておかねばならない。私たちは、かなり多くの火薬と弾丸と、塩漬の山羊の肉の大部分と、数種の薬と、他の幾つかの必要品と、道具類と、衣類と、一枚の余分の帆と、一二尋の綱と、それから医師の特別の希望で煙草の立派な贈物とを、残しておいてやった。
それがほとんどその島での私たちの最後の行為であった。それ以前に、私たちは宝を船に積み込んでしまい、何かの難儀のあった場合の用意にと十分の水と山羊の肉の残りとを運び入れておいたのだ。そしてついに、或る朝、私たちは、自分たちに思うままに出来るのはほとんどそれだけだったが、錨を揚げ、かつて船長が防柵で掲げてその下で戦ったあの国旗を翻しながら、北浦を出帆した。
間もなく私たちにわかったことだが、例の三人の奴は私たちの思ったよりも近くで私たちを見ていたに違いない。というのは、瀬戸を抜け出る時には、船は南の岬のごく近くを進まなければならなかったが、その岬の砂の出洲に彼等が三人とも一緒に跪いて、哀願するように両腕を挙げているのが見えたからである。彼等をそんなみじめな有様に残してゆくのは、私たちみんなに憐みの心を起させたと私は思う。けれども私たちはまた暴動の起るような危険を冒すことは出来なかったし、それに彼等を国へつれて帰って絞首台に送るのは親切が却って仇になるようなものであったろう。医師は彼等に声をかけて、食糧品を残しておいてやったことと、それがどこにあるかということとを知らせてやった。しかし、彼等はやはり私たちの名を呼び続けて、後生ですからお慈悲にこんな処に残して行って死なせないで下さいと哀訴していた。
とうとう、船がなおもその針
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