ね? そいつは変だろ、確かにな?」
 この論拠は私には甚《はなは》だ薄弱に思われた。しかし何が迷信家の心を動かすかわからぬもので、私の驚いたことには、ジョージ・メリーが大いに安堵した。
「うむ、そりゃそうだな。」と彼が言った。「お前は利口だよ、ジョン、確かに。さあ、引返《ひっけえ》すんだ、兄弟! 己たちゃやり口が間違ってると思うよ。考えてみると、なるほど、あれぁフリントの声みてえだったが、やっぱり、あの人の声そっくりじゃなかったぜ。あれぁだれか他の奴の声に似てたな、――あれぁあのう――」
「ベン・ガンさ、きっと!」とシルヴァーが呶鳴《どな》った。
「うん、そうだ。」とモーガンが、膝をついていたのを跳び立ちながら、叫んだ。「ありゃベン・ガンだよ!」
「それだってあんまり変りはねえだろ?」とディックが尋ねた。「ベン・ガンだってここに生きていねえことは、フリントと同じだ。」
 しかし年をとった方の海員たちはこの言葉を鼻であしらった。
「なあに、ベン・ガンなんかだれも気にかけやしねえ。」とメリーが叫んだ。「死んでいようが生きていようが、だれも気にかけやしねえや。」
 彼等の元気が恢復し、顔色も普通になって来た様は、驚くべきほどであった。間もなく彼等は一緒にしゃべり出し、時々話をやめて聞耳を立てた。それっきり何の声も聞えて来なかったので、やがて皆は道具を肩に担って再び出発した。メリーは、骸骨島から一直線に皆を歩かせるために、シルヴァーの羅針儀を持って先に歩いて行った。彼の言ったのはほんとうだった。死んでいようが生きていようが、ベン・ガンのことなどだれも気にかけはしなかった。
 ディックだけはまだ例の聖書を手に持って、歩きながら恐しそうにあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]していた。しかしだれも彼に同情する者はなく、シルヴァーなどは彼の用心を冷かしさえした。
「己ぁ言ったろう、」とシルヴァーが言った。――「お前は聖書を駄目にしたんだって己ぁ言ったろう。誓言をするだけの役にも立たなくなったものを、幽霊が怖がるとでもお前は思ってるのか? これっぽちの値打もねえぜ!」と彼は、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖でちょっと身を支えながら、太い指をぱちっと鳴らした。
 しかしディックは気が楽になるはずもなかった。実際、その若者が病気に罹っているのが間もなく私にははっきりわかった。暑気と、疲労と、今の事の衝撃《ショック》とで早められて、リヴジー先生の預言した熱病が、明かにずんずんとひどくなっていたのだ。
 その頂上は、このあたりでは開けていて気持よく歩けた。前に言ったように高原は西の方へ傾斜しているので、私たちの進む途は少し下り坂になっていた。松の樹の大きいのや小さいのが広く離れて生えていたし」肉豆蒄や躑躅《つつじ》の叢の間でさえ、広く開けた空地が熱い日光に焼けていた。私たちは、島を突っ切ってほとんど北西に進んで行くと、一方では「遠眼鏡山の肩の下にますます近づき、また一方では、私が一度|革舟《コラクル》の中で揺られて震えていたことのあるあの西側の湾がますます広く見渡せた。
 そのうちに例の高い木の中の一番初めの木のところへ着いたので、方位を取ってみると、その木ではないとわかった。二番目の木もそうだった。三番目の木は一|叢《むら》の下生《したばえ》の上に二百フィート近くも高く空中に聳え立っていた。巨人のような植物で、赤い幹は小屋ほどの大きさがあり、その周囲の広い樹蔭《こかげ》では歩兵一箇中隊でも演習が出来たろう。これは島の東の海からも西の海からも遠くから目につくし、海図に航海目標として書き入れられていたかも知れないくらいのものだった。
 しかし今私の道連《みちづれ》の者どもの心を動かしたのは、その木の大きさではなかった。それは、その拡がった樹蔭の下のどこかに七十万ポンドの黄金が埋めてあるということであったのだ。彼等が近づくにつれ、金《かね》のことを思う心はさっきまでの恐怖を呑みこんでしまった。彼等の眼はぎらぎらと燃えた。足は次第に速く軽くなった。心は、彼等の一人一人を彼方で待っているあの幸運、一生涯中贅沢と快楽とをさせてくれるあの財宝に、すっかり夢中になっていた。
 シルヴァーは、ぶうぶう言いながら、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をついてぴょこぴょこ跳んで行った。彼の鼻孔は脹れて震えていた。その熱したてらてらした顔に蝿がとまると彼は狂人のように罵った。私に括りつけてある綱を荒々しくひっぱり、時々は恐しい顔付をして私の方を振り向いた。確かに彼は少しも自分の気持を隠そうとはしなかった。そして確かに私はその彼の気持を印刷物のように読み取った。こうして黄金のすぐ近くへ来ると、他のことはすべて忘れてしまってい
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