」と別の海賊が身震いしながら叫んだ。「おまけに、顔が青くってね。」
「あれゃあラムのためになったんだよ。」とメリーが言い足した。「青い! うむ、青かったねえ。それぁほんとの言葉だよ。」
 あの骸骨を見つけてこんなことばかりを考えるようになってからは、彼等はだんだんと低い声で口を利くようになり、今ではほとんど囁き声くらいになっていたので、彼等の話し声は森の静寂をほとんど破らなかった。と、突然、私たちの前面の樹立の真中から、力のない、高い、震え声で、節《ふし》も文句もよく知っているあの唄を歌い始めるのが聞えて来た。――

[#ここから3字下げ]
「死人箱《しびとのはこ》にゃあ十五人――
  よいこらさあ、それからラムが一罎《ひとびん》と!」
[#ここで字下げ終わり]

 この時の海賊どものようにひどくびっくりした人たちを私は一度も見たことがない。魔法をかけられたように六人の者は顔色を失ってしまった。跳び上る者もいたし、他の者にしがみつく者もいた。モーガンは地面にへたばった。
「ありゃフリントだ、違《ちげ》え――!」とメリーが叫んだ。
 その唄は始まった時のように突然止んだ。――だれかが歌い手の口に手をあてたかのように、歌の半ばで急に中絶した、とでもいう風であった。緑の梢の間から日光で輝いている澄んだ大気の中をずっと遠く流れて来たので、私にはその唄は軽やかに心地よく聞えた。だから他の連中がそんなに恐しがっているのは不思議であった。
「おい、」とシルヴァーは、灰色になった唇で言葉を出そうと努めながら、言った。「こいつぁいけねえ。出かける用意をしろ。これぁどうも変なこった。己にはあの声はだれだかわからねえ。だが、あれぁだれかが悪戯《わるさ》をしてるんだ、――だれか正体のある人間がだ、それにゃ違えねえ。」
 こう言っているうちに彼は勇気を取戻し、それと共に顔色も幾分ついて来た。すでに他の者たちも彼の励ます言葉に耳を藉しかけて、少し正気に返っていたが、その時、また同じ声が聞え出した。――今度は唄ではなくて、微かな遠くからの呼び声で、それが遠眼鏡山の谷間にもっと微かにこだました。
「ダービー・マグロー、」とその声は哀哭する――それがその声を最もよく言い現す言葉であった――ように言った。「ダービー・マグロー! ダービー・マグロー!」と幾度も幾度も繰返し、それから少し声を高めて、ここには書かない罵り言葉と共に、「ラムを船尾へ持って来おい、ダービー!」と言った。
 海賊どもは地面に根が生えたように立ち竦み、眼玉が顔から跳び出そうであった。その声が消えてしまって永くたっても、彼等はなおも無言のまま恐しそうに前を見つめていた。
「もう確かだぜ!」と一人が喘ぐように言った。「帰《けえ》ろうよ。」
「あれぁあの人の死ぬ時の言葉だった。」とモーガンが呻くように言った。「あの人がこの世で一番おしめえに言った言葉だ。」
 ディックは自分の聖書を取り出して、ぺらぺらと祈祷した。彼は、船乗になって悪い仲間に入る前には、よい育ちであったのだ。
 それでも、シルヴァーは参らなかった。歯をがちがち鳴らしているのが私には聞えたが、しかし彼はまだ降参していなかった。
「この島にゃダービーのことを聞いた奴はだれもいねえはずだ。ここにいる己たちの他《ほか》には一人だっていねえはずだが。」と彼は呟いた。それから、強いて元気を出して、「兄弟、」と叫んだ。「己はあの金を取りにここへ来たんだ。人間にだって悪魔にだって負けやしねえぞ。フリントが生きてる時だって己は奴がちっとも怖《こわ》かなかったんだ。死んでるあいつなんか怖《こえ》えもんか。ここから四分の一マイルとねえ処に七十万ポンドって金があるんだ。青っ面《つら》をした大酒飲みの老いぼれ海員《けえいん》の――それも死んでる奴が怖えってって、そういう大金《てえきん》に尻《けつ》を見せて逃げるなんて分限紳士が、どこの世界にあるけえ?」
 しかし彼の手下の者たちが元気を盛り返す様子は一向になかった。実際、むしろ、彼の言葉が死者に対して不遜なのにますます恐しがるようだった。
「止《や》めろよ、ジョン!」とメリーが言った。「幽霊に逆うなよ。」
 その他の者たちに至っては皆すっかり恐しがって返事をすることも出来なかった。彼等はそれだけの勇気があったならてんでに逃げ出したことであろう。だが恐怖のために彼等は互に寄り合い、ジョンの大胆さが自分たちを助けてくれるかのように、彼のすぐ近くにいた。彼の方は、自分の弱気をかなりに抑えつけていた。
「幽霊だと? うむ、そうかも知れねえ。」と彼は言った。「だが、己には腑に落ちねえことが一つある。山彦《やまびこ》がしたな。ところで、影のある幽霊なんてだれも見たことがねえ。とすればだ、幽霊に山彦なんかあってどうするものか
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