ズ! こいつはまたゴア(註四五)の港の外でインド太守の船に乗込みのあった時にもいたんだよ。でも、こうして見ていると、まるで赤ん坊みてえに思えるだろう。だがお前《めえ》は火薬の臭《にお》いを嗅いだことがあるんだ、――そうだろ、船長?」
「針路転換用意。」と鸚鵡《おうむ》は金切声を立てる。
「ああ、利口な奴だ、こいつは。」と料理番は言って、ポケットから角砂糖を出して鸚鵡にやる。それから、その鳥は横木をつついて、信じられないほど口ぎたない言葉を吐き続ける。「ほら、ねえ、君、」とジョンが言い足す。「朱に交れば赤くなる、って奴さ。己のこの無邪気な鳥が、可哀そうに、こんなひどい言葉を使うんだからね。無論、何にも知らずにだよ。言わば牧師さんの前だってこれと同じことを言うんだろうからねえ。」そして、牧師さんと言うところで、彼はいつものしかつめらしいやり方で前髪に手を触れるので、私はこんなよい男はまたとあるまいと思ったものだった。
とかくしているうちにも、大地主さんとスモレット船長とはやはりよそよそしい間柄であった。大地主さんはそのことを少しも意に介しなかった。彼は船長を軽蔑した。船長の方は、話しかけられた時の他は決して口を利かなかったし、その話しかけられた時でも、つっけんどんで、ぶっきらぼうで、素気《そっけ》なく、一言も無駄口を利かなかった。一度言いこめられた時に、彼は、船員については自分は思い違いをしていたようだ、中には自分の希望通りに敏捷な者もいるし、みんながかなりよくやっている、と白状した。船に関しては、彼はそれがまったく気に入っていた。「この船はほとんど風上に間切《まぎ》っても進めますな。女房にだってこれほど言うことをきかせる訳にはゆきますまいよ。しかし、」と彼は言い足すのだった。「まあ、我々が帰国していないのが残念です。私はこの航海を好みません。」
大地主さんは、それを聞くと、ぷいと顔を背けて、頤を突き出しながら(註四六)、甲板をあちこちと歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]った。
「もうちっとでも失敬なことを言うと、俺《わし》の癇癪玉も破裂するぞ。」と彼はよく言った。
私たちは幾度か暴風に遭ったが、それはただヒスパニオーラ号の優良な性質を証拠立てただけであった。船の中の者は皆十分に満足しているようだった。そうでなければ、よくよくの気むずかし屋だったに違いない。というのは、私の信ずるところでは、ノアの方舟《はこぶね》此方これほど甘やかされた船員は決してなかったのだから。ちょっとした口実があっても、強い|水割りラム《グロッグ》が振舞われたりした。また、何でもない日に、例えば、大地主さんがだれかの誕生日だということを聞いたというような日などには、プディングが出た。それから、林檎の樽が一ついつでも中部甲板に蓋を開けたまま置いてあって、だれでも好きな者が勝手に食べられるようになっていた。
「こんなことからよいことが起ったというのは、まだ聞いたことがない。」と船長はリヴジー先生に言った。「水夫を甘やかすのは、彼等を悪魔にする。私はそう信じています。」
しかし、これからわかるように、よいことがその林檎樽から確かに起ったのである。というのは、もしその林檎樽がなかったなら、私たちは何の警告も受けることがなかったろうし、一人残らず叛逆の手にかかって殺されてしまったかも知れないのだから。
それは次のような次第であった。
私たちは、目指している島――私はもっとはっきり書くことは許されていない――の風上に出るために、これまでは貿易風について赤道の方へ走っていたが、今度は赤道から離れてその島へ向って走り、昼夜油断なく見張りをしていた。最も多くに見積っても、私たちの往航の最後の日に当る頃のことであった。その夜のうちか、遅くとも翌日の正午前には、宝島が見えるはずであった。私たちは南南西に進んでいて、正横にむらのない風を受け、浪は静かだった。ヒスパニオーラ号は絶えず一様に横揺れし、時々船首の第一斜檣《ボースプリット》を水に突っ込んでぱっと飛沫《しぶき》をあげた。上も下もすべての帆が風を孕んでいた。だれも彼も大元気だった。もう私たちの冒険の最初の部分の終りにごく近かったからである。
さて、日没のすぐ後、私は自分の仕事をすっかりすませて、自分の棚寝床《バース》へ行く途中、ふと林檎を食べたいと思った。私は甲板へ走り上った。当直の者は皆前部にいて島を見張っていた。舵輪を握っている男は帆の前縁を見ながら、ゆっくりとひとりで口笛を吹き続けていた。そしてその口笛の音が、船首や舷側《げんそく》にあたる浪のしゅうしゅうという音を除けば、聞える唯一の音であった。
私は体《からだ》ぐるみ林檎樽の中へ入り込んだ。すると林檎がほとんど残っていないのがわかった。が、
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