夫たちに悪い感化を及ぼすばかりではなく、この分では間もなく自分の身をも滅ぼすことになるに違いないということは明白だった。そういう訳だったから、逆浪の立っている或る暗い晩、彼がまったく姿を消して二度と出て来なかった時には、だれも大して驚きもせず、さほど気の毒がりもしなかった。
「海へ落ちたんだな!」と船長が言った。「いや、これであの男に足械《あしかせ》をかける手数が省けたようなものですよ。」
 しかし副船長がいなくなったものだから、もちろん、水夫たちの一人を昇進させることが必要となった。水夫長のジョーブ・アンダスンが船中では一番適任だったので、水夫長という名称は旧《もと》通りであったけれども、幾分か副船長の役を勤めることになった。トゥリローニーさんは航海をしたことがあって、その知識のために大層役に立った。凪《なぎ》の時にはたびたび自分で当直勤務《ウオッチ》をやることがあったからである。また、舵手《コクスン》のイズレール・ハンズは注意深い、狡猾な、老練な、経験のある海員で、まさかの時にはほとんど何でも任《まか》すことが出来る男だった。
 彼はのっぽのジョン・シルヴァーの腹心の友であって、彼の名を挙げると、私は自然、皆が|肉焼き台《バービキュー》(註四二)と呼んでいる、私たちの船の料理番《コック》のことを話す順序になって来る。
 船の中では、彼は、両手とも出来るだけ自由に使えるようにと、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖を頸の周りにかけた一本の締索《しめなわ》にぶら下げていた。彼が隔壁に※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖の足を突っぱって、それで身を支え、船の揺れ動くままに任せながら、陸上にいて安全な人のように料理をやり続けているのを見るのは、なかなか面白かった。天候の非常に荒れた日に彼が甲板を横切ってゆく有様は、なお一層奇妙だった。彼は一本か二本の索を用意して一番幅の広い場所を突っ切る時にはそれを頼りにした。――その索のことをのっぽのジョンの耳環と皆は言っていたが。そして、或る時は※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖を使い、また或る時はそれを例の締索で脇に曳きずって、他の人の歩くのと同じくらいに速く、一つの場所から他の場所へと動いてゆくのであった。それでも、以前に彼と一緒に航海したことのある人々の中には、彼がそんな有様になったのを見るのは可哀そうだと言う者もいた。
「あの男は並《なみ》の人じゃねえんだよ、あの|肉焼き台《バービキュー》はな。」と舵手が私に言った。「若《わけ》え時にゃ良《え》え教育を受けたんで、その気になれぁ書物みてえにちゃんと立派にしゃべれるんだ。それから強《つえ》えぞ、――獅子《ライオン》だってのっぽのジョンのそばあたりにもよれやしねえんだぜ! 己は、あの男が四人の者と取っ組み合って、其奴《そいつ》らの頭を叩き合したのを見たことがある。――あの男の方は素手《すで》でよ。」
 水夫たちは皆彼を尊重し、彼に服従さえした。彼は一人一人に対しての口の利き方を心得ていたし、だれにも何か特別の世話を焼いてやった。私にはずっと変らず親切で、私が厨室へ行くといつも喜んでくれた。そこは彼が始終新しいピンのように綺麗にしておいた。皿なども磨き立てて掛けてあり、彼の鸚鵡《おうむ》が一隅にある鳥籠の中にいた。
「来給え、ホーキンズ、」と彼はよく言った。「来てジョンと話をしておくれ。だれよりも君が来てくれるのが嬉しいよ、坊や。まあ腰を掛けて変った話でも聞いてくれ給え。これがフリント船長《せんちょ》だ、――己はこの鸚鵡をあの名高《なだけ》え海賊の名を取ってフリント船長って言ってるんだよ、――このフリント船長がな、今度の航海《こうけえ》はうまくゆくって予言しているぜ。そうじゃなかったかね、船長?」
 すると鸚鵡は「八銀貨! 八銀貨! 八銀貨!」と非常に速いのに言い続け、息が切れはしまいかと思われるまで、またはジョンがハンケチを鳥籠の上に投げかけるまで、それを止《や》めない。
「ところで、この鳥はね、」とジョンは言う。「多分二百歳ぐらいだろうよ、ホーキンズ。――鸚鵡って奴は大概《てえげえ》いつまででも生きてるものなんだ。で、だれでもこいつよりももっとたくさん悪い事を見て来たものがあれぁ、それは悪魔だけに違えねえさ。この鳥はイングランドと一緒の船にいたこともあるんだ。あの大海賊のイングランド船長(註四三)とね。こいつはマダガスカルにもいたことがあるし、マラバーにも、スリナムにも、プロヴィデンスにも、ポートベロー(註四四)にもいたことがある。あの銀貨や銀塊を積んだ難破船の引揚げの時にもいたんだ。そこでこいつは『八銀貨』を覚えたんだから、不思議はない訳さ。その八銀貨が三十五万枚もあったんだぜ、ホーキン
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