ー通いの駅逓馬車は、車掌が乗客を疑《うたぐ》り、乗客たちは相互に疑り車掌を疑り、みんなが他の者を一人残らず疑り、馭者は馬より他《ほか》のものは何も信用しないという、それのいつも通りの和気靄々《わきあいあい》たる有様であった。その馬については、それらがこの旅行には適していないということを、馭者は潔白な良心をもって両聖約書にかけて宣誓することでも出来た。
「どうどう!」と馭者が言った。「はい、どう! もう一度ぐっと曳っぱりゃ、てっぺんだぞ、いまいましい奴め。手前《てめえ》たちをそこまで漕ぎつけさせるにゃあおれあずいぶん骨を折ったからな! ――ジョー!」
「おうい!」と車掌が答えた。
「何時《なんじ》だろうね、ジョー?」
「十一時たっぷり十分過ぎてるよ。」
「驚いたな!」といらいらした馭者は叫んだ。「それでいてまだシューターズのてっぺんへ著けねえんだぜ! ちえっ! やい! そら行け!」
例の勢のある馬は、断乎としていうことをきかないでいたところへ鞭でぴしりとやられたので、今度は断然と爬《か》き登り出した。すると他の三頭の馬もそれに倣った。もう一度ドーヴァー通いの駅逓馬車はがたごとと動き出し
前へ
次へ
全341ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 直次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング