取り上げて、自分の事務室へ入って行った。そこで金庫を開けて、その一番奥から、封筒にジーキル博士遺言書と書いてある書類を取り出すと、眉をくもらせながら腰を下ろしてその内容を熟読した。遺言書は全文のすべてが本人自筆のものであった。というのは、アッタスン氏は、出来上ったそれを保管してはいるけれども、それを作るには少しの助力をも拒んだからである。その遺言書は、医学博士、民法学博士、法学博士、王立科学協会会員等なるヘンリー・ジーキル死亡の場合には、彼の一切の所有財産は、彼の「友人にして恩人なるエドワード・ハイド」の手に渡るべきことを規定しているばかりではなく、ジーキル博士の「三カ月以上に亙る失踪、または理由不明の不在」の場合には、前記エドワード・ハイドは直ちに前記ヘンリー・ジーキルの跡をつぎ、博士の家人に少額の支払いをする以外には何らの負担も義務も負わなくともよいことを規定していた。この証書はこれまで永い間、弁護士の不愉快のたねであった。それは、弁護士として、また人生の穏健な慣習的な方面の愛好者としての彼を不快にさせたのであった。彼にとっては突飛なことは不心得なことであった。しかし、今までは、彼
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