の憤慨をつのらせたのは、彼がそのハイド氏なる人間については何も知らないためであった。それが今や急に一変して、その人間のことを知っているためとなったのだ。その名前だけ知っていて、それ以上のことを何も知らなかった時でさえ、それはもう十分不都合であった。その名前がかずかずのいやらしい属性をつけ始めるようになっては、ますます不都合となった。そして、それまで永いあいだ彼の眼を遮っていた変りやすい朦朧たる霧の中から、突如として、悪魔の姿がはっきりと躍りでたのである。
「これはきちがい沙汰だと思っていた、」と、彼はそのいやな書類を金庫の元の場所にしまいながら言った。「ところが今度はどうもこれは何かけしからぬことではないかという気がしてきたぞ。」
そう言うと彼は蝋燭を吹き消し、外套を着て、あの医学の牙城といわれるキャヴェンディッシュ広辻《スクエア》の方へと出かけた。そこには、彼の友人である著名なラニョン博士が邸宅を構えていて、群れ集まる患者に接していたのだ。「誰か知っている者があるとすれば、それはラニョンだろう、」と彼は考えたのである。
しかつめらしい召使頭が彼を見知っていて、喜んで迎えた。彼は少
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